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Column
建築家・矢野さんに聞く「空間の木質化と広葉樹の扱い方」レポート前編
オンライン企画「木質化には針葉樹だけじゃない。建築空間をつくる広葉樹、その扱い方とは?」 レポート[前編]
今春、飛騨市役所内の応接室が地域産材の広葉樹により木質化され、新しく生まれ変わりました。飛騨市の提唱する「広葉樹のまちづくり」の一環として、矢野設計建築事務所とヒダクマが共に計画・実施を担当したものです。建材としてはマイナーとも言える広葉樹を多分に活用し、思索と実験、そして飛騨が誇る職人技術を結集させ、魅力的な応接空間を作り上げました。
ヒダクマはこのリニューアルを事例に、広葉樹が建築空間においてどう生かされるのか、建築家やデザイナーの方に知ってもらいたいという思いから本イベントを企画。当日は全国から林業関係や企業、建築・デザイン関係者などがオンラインで参加しました。スピーカーは建築家と行政、広葉樹プロデューサーと、第3セクターであるヒダクマならではの、ユニークな顔ぶれです。
まずこちらの前編では、同市の担当者である飛騨市役所林業振興課の竹田さんから本事業の背景にある飛騨の森、林業の現状と課題についてを、次に建築家矢野さんがどのように空間を木質化したのか、小さな材から大きな造形物をどう編み出したのか、三つの事例を通して語ってくださいます。後編では、個性の強い広葉樹を空間全体のなかでどう調和させたのか、ユニークな矢野さんの哲学が登場します。
「小さな広葉樹からスケール感のある美しい造形を生み出すメソッドとは?」
広葉樹の秘めた可能性、第一線で活躍する建築家の本音、森と木の話など、当日のトークの模様をじっくりお楽しみください。
“細くて使えない飛騨の広葉樹” どうやって活用する?
まず最初に飛騨市役所の応接室にいらっしゃる竹田さんから、「森と町をつなぐ新しい飛騨市応接室 飛騨市の『広葉樹のまちづくり』の木質化事業」をテーマにお話いただきました。
飛騨市は面積の93.5%が森林、そのうちの約7割を広葉樹が占めるという特徴を持ちます。森には、ブナ、ミズナラ、サクラ、クリやホオノキなど大変豊富な樹種の木があります。その広葉樹がどのような使われ方をしているのか、国の統計によると95%がチップとして砕かれて紙になったり、発電の燃料になっており、飛騨市の場合さらに多くの広葉樹がチップになっていると竹田さんは語ります。
竹田:
飛騨は日本の家具産地のひとつとして数えられていますが、そのほとんどは外国産材に頼っています。市内にはチップを必要とする工場がないので、市内で伐採された貴重な広葉樹のうち95%が、家具になる材より安い材として全部外に出てしまっているのです。これはまずいな、なぜこんなことになっているのか?という問いから飛騨市の取り組みが始まりました。
竹田:
山から伐り出した材の写真を見てもわかるとおり、飛騨市の広葉樹は平均胸高直径がわずか26cmと細いんですよね。日本の流通から言いますと、よくて鉄道の枕木か薪にしかならないんです。要は細くて使えないのが飛騨の木。
それを踏まえ、いま飛騨市が何をしているかと言いますと、ひとつ目は、細い木を大きく育てていく森林施業をすること。50年、100年かかるかわからないのですが、平均直径26cmを50cmにすれば家具用材として高く売れる。
もうひとつは、森林施業の過程で間伐をするんですが、その切った木をチップではなく、5%の価値のある方になんとか活用できないかと考えました。5%を10%に増やして、市内に材を残し、飛騨の職人が什器や小物にして販売することで、外に逃していた資源を地域に残してお金にする、といった取り組みを平成27年から始めています。
小径材をPRするショールームとしての機能を応接室に持たせる
竹田:
この写真(左)にある、静岡県のオフィスリノベーションや、スツールやトレー、キャットツリー、時計、すべてに共通しているのが、本来細くてチップにしかならない広葉樹小径材から作られていることです。いま私がいる応接室は、小径材で作ったショールームにすることを意図して、木質化を行いました。市役所内の林業振興課ではなく、あえて応接室を選んだのは、外からいらした方を窓口としてここでお迎えし、飛騨市の取り組み、小径材の新しい可能性をこの空間から発信したかったのです。
実際にここでいろいろな方をお迎えすると、「ここが応接室なんですか?!」と驚かれるそうです。従来の重厚なイメージとはかけ離れた、入りやすい印象の応接室となりました。
次に矢野建築設計事務所より、おふたりの近作のなかでも今回の応接室プロジェクトにも繋がる、高知県での木質化事例二件と、新しい飛騨市役所応接室の設計についてお話いただきました。
木質化事例①「仁淀川にこにこ館」(高知県いの町)
– 経験に組み込まれていくような構造を設計 –
矢野泰司:
「仁淀川にこにこ館」は巨大な仁淀川の河川敷近くにある地元の方が集う建物で、今回いの町から木質化を依頼されました。川のゆったりとした時間の流れ、大きなスケール感を建物にも取り込むべく設計しました。
巨大な屋根を構えてなかに引き込んで、建物内に入ると人間らしいスケールに抑えるように心がけています。内部は極力回遊性を持たせ、自由に散策するように建物を経験してもらいたく、行き止まりを作らない設計にしました。
外観は国道、河川、あらゆる方向に屋根を開いて、それぞれの面に対して印象的な立面を作るようにしています。
泰司:
建材はスギ、ヒノキを使っており、すべて同じ色で塗ることで抽象的な存在に仕上げています。内部はランバーコアの家具、スギの梁、それぞれの部材の特徴が、空間のなかで適切な存在感で登場するよう、塗り方、収まり方を工夫しています。梁は500ピッチでだーっと並んでいるんですが、僕たちは外側からの視点で加工を綺麗に見せたい、そして加工を使って建物が奥にぐーっと伸びていく感覚を敷地のなかに持ち込みたいと考えました。構造が建物をただ支えるだけでなく、訪れる人の経験のなかに組み込まれていくようなものにしたい、と常々思っているんです。
木質化事例② Balloon Restaurant(高知市)
– 空間の多用途化、異素材の調和を叶える空間事例 –
矢野雄司:
こちらのBalloon Restaurantは高知市内繁華街から離れた場所にあるレストランでは、小さな内装計画を実施しました。こちらの依頼主であるご夫婦は、旦那さんがシェフで奥様は一緒に仕込みなどをしたりと、家より仕事場で一緒に過ごす時間が長いのが特徴でした。そこで、夫婦にとっては家の一部のように感じられる場所にしたいと思い、レストランと家の中間の使い方ができないかと考えたのです。
クルミ材を使った右側のカウンター(上記写真)は目地がない、一枚ものに感じられる仕上げで非住宅的なスケール感を出し、一方で住宅にもありそうな左側のテーブルはあえて目地を出してラフな作りにしました。内観全体を見ても、鉄骨柱を被覆しているモルタル、コンクリート面、床材、アンティーク照明などいろんな素材が出てきます。
ここでは僕らの他のプロジェクトにも共通する、プログラムの複合化、多用途化を試みています。さまざまな素材、特性があるものを混ぜ込むことで全体として調和させ、非住宅と住宅、どちらにも用途が振れるような計画です。
応接室の設計にも繋がる、個性ある木を建築空間に馴染ませること、また空間の多用途化、異素材の調和の事例として、ふたつの近作についてお話いただきました。
ここからいよいよ飛騨市役所応接室のお話です。矢野さんおふたりは広葉樹とどう向き合いながら、空間を設計したのでしょうか?
木質化事例③ 飛騨市役所応接室
- 初めて扱う広葉樹の面白さを前面に -
泰司:
応接室は飛騨市役所内の一番奥にあるんですが、開放感のある不思議な空間でした。既存の応接室は(写真)「ザ応接室」といった感じの、応接室以外の機能が考えられないような雰囲気でした。ただ特徴として、角部屋で窓が非常に大きく、正面に大きな樹木が見えていたので、角地ならではの気持ち良さをそのまま継続して空間を作りたいな、と思ったんです。
解体すると状況が一変。コンクリート造の荒々しい感じとぽっかり空いたような魅力的な空間が現れます。「この良さを設計に取り込んでいきたい」と感じた矢野さん。コンクリートは非常に存在の強い素材ですが、その空間には硬い広葉樹が合うのではと、はじめに飛騨の森を歩いたときからイメージを描いていたそうです。
泰司:
実は僕たちはスギ、ヒノキといった針葉樹は扱ったことがあったんですが、広葉樹とちゃんと向き合って考えるのは初めてでした。そのため、どんな風にすれば魅力的に見えるか議論を重ねてきたんですが、左側(上記パース図)のイメージのように、壁床天井といった大きな面に木をベタっと覆ってしまう方法がいわゆる木質化。僕たちはそうではなく、広葉樹って小さい材ですが、硬くて表情が豊か、色も豊富なので、その面白さをしっかり出したい、というのがまずありました。
「小径木という小さなものを魅力的に見せることで、人の印象に残って欲しかった」と語る矢野さん。そのためには職人の技術やいろいろな工夫が必要であり、チャレンジしがいがあるのでは、と感じたそうです。
そこで、このガランとしたコンクリート造の空間のなかに、ある機能を備えた三つの大きな造形を、小さいもので作ることを考えました。
泰司:
そのうちのひとつが木目が印象的な天井面「ブナシェード」です。これには大きく分けて三つの役割(上の図参照)があります。まずは角地という特性を生かして「まちの行燈」として通りを彩るような機能を果たせるのではないかということ。二点目は室内に均質に光を落とすことで、いろんな使い方に対応できる光を作っています。三点目が「もてなし」とありますが、ここに入って来た方を出迎えるような、柔らかい表情を作りたいと思ったのです。このように、感覚的なことと機能的なことを混ぜ合わせて役割を持たせました。
「ホオノキハイバックベンチ」ですが、この部屋は角地で二面に大きなアルミサッシが入っており、右方向に開いている空間なので、もう一面をホオノキという存在感の強い造形を置いて、正面性を三つあるようにしています。それにより大きく外に引っ張られ過ぎないような感覚を部屋に与えています。
最後の造形はミズナラのテーブルです。長方形の形にすることで回遊性を担保し、行き止まりのない使い方ができる機能を持たせました。長さ4mと非常に大きいので、当初ふたつに分けるという話もありましたが、「大きい」というのを見せるには4mが重要だと感じ、この長さで作りました。この上に、市役所での異なるシーンに対応できるよう、いろいろな樹種を使った「広葉樹プレート」を用意し、飛騨の広葉樹PRにも役立っています。
ここからは、具体的に小さい材が大きくなることをどのように達成したか、雄司さんがより具体的に説明してくださいました。
雄司:
ナラテーブルは、4mの天板を6本の脚で支えています。幅15mmの細い材を、縦にルーバー状に並べて天板にする、というのは硬質さを持った広葉樹ならではの構築性だと思っています。部材は小さいですが、その硬さを生かして大きな使い方ができる、これがテーブルで達成した小ささから大きさへの転換です。
ホオノキハイバックベンチは、幅50mmの材を木目の濃淡のグラデーションで並べています。ここでチャレンジしてみたかったのは、広葉樹の密度感の集合だからこそできる、ひとつの塊としての存在感を作りあげること。一堂に会し、全体として並べてみると、単純に薄い材が並べられているのではなく、情報豊かで個性的な面があらわれたのです。
天井のブナシェードはかつらむきで表面をくるくるっと巻いてできるもので、広葉樹ならではのユニークな表情が、素材の薄さで表現できました。
次に、ナラテーブルを例に、使い方の検証について話してくださいました。
雄司:
テーブルには広葉樹プレートを置いて、場面に応じてカスタマイズすることを想定しています。来訪者に応接室っぽくないと言われるのは嬉しいことで、レストランの事例でも目指したことなんですが、ひとつの用途に限られず、カジュアルにいろんな使い方ができるようにしました。
雄司:
このようにして、プレートの置き方、椅子の配置、調光具合により、使いたい気分に応じて認識が変わることもあるんだと発見しました。レストランの事例と同様に、空間のなかに用途が同時に複数存在する、ということが応接室でも実現できたのではと思っています。
窓が大きく角部屋に位置する応接室は、外から見ても内装がよく見えます。「夜ここに照明がついているのを見ると少しホッとするような、みんなの記憶に残るような、外側にも影響を及ぼす内装にしたかった」と語る矢野さん。また、応接室というのは市民に開かれたものと捉え、ここで市民がいろんなことができる可能性を秘めている、と外からも中からも、直感でわかるようにしたかったそうです。
泰司:
これまで話してきた三つの木質化プロジェクトを通して僕らが感じたのは、広葉樹ってすごくパワーがあるということ。それに負けないものをしっかり作っていかないと、広葉樹のものだけが浮いて目立ってきてしまうので、そのバランス、存在のさせ方が重要かなと思いました。
スギ、ヒノキは非常に軽くてまっすぐで、加工も簡単ゆえに触っても軽いし、存在としても軽い。でも広葉樹は全然違う、それが面白いなと思いました。
井上:
私も実際に応接室に入ったことがありますが、木に包まれているみたいな感覚で、光がすごく印象的で綺麗、そして何と言っても軽やかさがあります!木を使うと少し重たくなったり、ややもすれば野暮ったくなりがちですが、この場所は面となる三つの造形がすごく個性的でインパクトはありつつも、とっても軽やかな感じがしました。
[後編]につづく。「個性の強いアクター「広葉樹」という材を、矢野さんはどう扱ったのか?」
文:石塚 理奈
写真(飛騨市役所応接室 竣工写真):長谷川 健太
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