多様な視点が映す福地の森の魅力と活用の可能性
Introduction
はじめに
岐阜県高山市の奥飛騨温泉郷福地温泉にある約50年間遊休になっていた森。この森の所有者で岐阜の駅前でテナントビル事業を営む新岐阜興業株式会社の大橋司さんは、森をひとつの活用に留めるのではなく、多様な森の使い手が自由に使うことができる森の姿を目指しています。それを実現させるのが、森林所有者と利用事業者、地域住民とをつなぐ「森のテナント貸し」のサービス。多様なバックグランドを持った使い手の視点が福地温泉の地域と森に加わることで、「森から温泉街」「温泉街から森」へと地域と共生し、福地温泉にある「森の需要を創出する」ことにつながります。
今回、ヒダクマでは構想中の「森のテナント貸しサービス」を具現化すべく、福地温泉の地域とこの森の特性を鑑み、これからこの森に関わってくださいそうなさまざまなバックグランドを持った多様な分野の方を森にお招きし、その方々の専門的な視点からこの森を活用する際の意見とアイデアを伺う機会をつくりました。そこから見えてきた森の姿と今後の活動の可能性について本記事では取り上げ、まとめています。
Writing:松山 由樹 Editing:ヒダクマ編集部
今回、ヒダクマでは構想中の「森のテナント貸しサービス」を具現化すべく、福地温泉の地域とこの森の特性を鑑み、これからこの森に関わってくださいそうなさまざまなバックグランドを持った多様な分野の方を森にお招きし、その方々の専門的な視点からこの森を活用する際の意見とアイデアを伺う機会をつくりました。そこから見えてきた森の姿と今後の活動の可能性について本記事では取り上げ、まとめています。
Writing:松山 由樹 Editing:ヒダクマ編集部
小さな温泉街にある「福地の森」
福地の森とは、岐阜県高山市にある奥飛騨温泉郷福地温泉の温泉街のすぐそばで、約50年間遊休になっていた森です。大橋さんから遊休地の活用に関する相談をもらい、研究開発やリサーチを得意とする設計事務所ツバメアーキテクツとヒダクマでチームツバクマを編成。さまざまな人がこの場所を自立共生的に使うような仕組みを整えられないかと森主である大橋さんとともに取り組んでいます。
時代に合った人と森の関係性を考える実験の場所
福地の森で「みんなで考える森づくり」ができないか。そう考えたのは、林業会社に勤める傍ら、Forest Edgeを屋号に個人事業主としても活動する安江悠真さん。
ヒダクマの定番イベント「ツキノワグマにとって豊かな森を学ぶ2日間のフィールドワーク」の講師を務める、林業と野生動物の生態のスペシャリストです。
安江さんは福地の森に入り、「森の変遷」に着目しました。実はこの森、約50年ほど前は桑畑として利用されていた場所。今もなおその跡が残る一方、人の手が加わらなくなってからは、ツキノワグマ・サル・カモシカなどの野生動物が入り、動物たちの被食により森の下層植生や次世代の木本植物が少なくなっているとのこと。そんな中、再び人が森に能動的に関わろうとしていることが、この森の魅力ではないかと安江さんは話します。
「人と自然の関係性の望ましい在り方」「保護と保全の概念の違い」などを考えつつ、正解のない問いをみんなで共有してモヤモヤする、そんなことができるフィールドなのではないか。福地温泉の集落の生活と連動させながら、この時代に合った人と森の関係性を考える試験地にしたらおもしろいと、ヒダクマとやっている「ツキノワグマにとっての豊かな森を学ぶ2日間のフィールドワーク」を福地の森ならではの形でやってみたいというアイデアが浮かんでいました。
安江 悠真
伐採業/ときどき在野のクマ研究者
1989年 岐阜県白川町生まれ。昆虫少年の延長で岩手大学の農学部に進み、遠野でクマを追う。林業と野生動物の関わりをテーマに農学修士を取得。現在は林業会社に勤める傍ら、〈Forest Edge〉を屋号に活動中。
人間、野生動物のさまざまな作用が働く庭園に
狩猟、素材調達、伐採、高所作業など森にまつわることはなんでもできるスペシャリストの葛西一太さん。葛西さんも安江さんと同じく、森の変遷について着目。「この森は里山を経て動物たちのフロンティアとなった場所。思い切り人間臭さがある反面、それと同じくらい野生動物の跡も多い」と普段森に入り、野生動物と対峙しているからこその視点がありました。具体的なアイデアとしては、野生動物を題材にした学びの機会や道具学習のフィールド、ツリークライミングや雪遊びといった遊び、つる細工などのものづくりのワークショップなど。葛西さんだけでも、森に関するさまざまなアイデアを出してくれました。そして、こういった人為活動に野生動物や作用が加わり庭園化していくのではないかとこの森の未来の姿も予測されていました。
さまざまな人に森を使ってもらうためには「参加者への注意喚起や目印の設置、野生動物へのパターン学習(こういうときは人がいると覚えさせるなど)」の対策も必要になるのではというアドバイスもいただき、この森で暮らす野生動物との関わりは、今後非常に重要になってきそうです。
葛西 一太
杣の奏 代表
狩猟、渓流釣り、山菜、キノコ、天然素材調達、伐採、高所作業、少々トークetc.
「人と自然との調和環境を保全する」を活動理念としています。
温泉街から一気に非日常へトリップ
この森で「非日常へトリップできるような五感を研ぎ澄ますワークショップ」ができないか。そう考えたのは、株式会社HAAの代表池田佳乃子さん。池田さんは「日常に、深呼吸を届ける」をミッションに活動されています。
池田さんは福地の森に入り、温泉街が隣接していて、宿泊中に時間を気にせずゆっくりと森で過ごすことができるということ、温泉街に面した入口の雰囲気と森の非日常感の対比に着目しました。そこで、普段の生活から非日常にトリップできるような体験プログラムがこの場所で提供できるのではないかというアイデアを発想しました。
福地温泉で滞在しながら、森の中でのワークショップ。非日常を演出するためには、福地温泉街の旅館との連携が必須ですが、フィールドワークやワークショップなどを通じてその関係性を作ってきたこの森では実現できそうです。
池田 佳乃子
株式会社HAA 代表取締役
1988年⽣まれ、⼤分県別府市出⾝。 2010年⻘⼭学院⼤学卒業後、映画会社、広告代理店を経て、2018年より別府にある湯治場「鉄輪温泉」でプランナーとして活動を始め、2021年に株式会社HAAを設⽴。
安心して想像力が掻き立てられるアートの森
トザキケイコさんは、自宅アトリエにてデッサン教室やホームギャラリーをされているアーティスト。教室を森に移動した野外のデッサン教室、アート制作のワークショップ、そして、アーティスト・イン・レジデンスができないかとのアイデアを共有してもらいました。
奥飛騨という奥山の環境でありながら近くに温泉街があることで、人里に近く安心できることもポイントのひとつ。また、池田さんと同じように狭い入り口から、森に入ると広い空間が広がっていて非日常感が感じられることは大きな特徴だと言及されていました。広がりのある空間の中で、想像力がかき立てられ、森の中だからこそのアート作品が生まれる可能性を秘めています。
トザキケイコ
美術作家
高山市清見町在住。自宅アトリエにてデッサン教室やホームギャラリーをやりながら、最近は所有する小さな森で摘んだ野草で和草茶を作っています。
子どもたちと遊びこめるわくわくする自然教育の場としての森
自然育児森のわらべ多治見園代表の浅井さんには、自然保育のフィールド・親子向けのイベント会場としての観点で森を見てもらいました。森を歩きながら、「笹を刈った跡にできた道も、子供たちの目線では天然の巨大な迷路になる」など、大人たちが気づかなかった森の空間の可能性をたくさん見つけてくれた浅井さん。「広場を中心に、様々な樹種がある多様な森。子どもたちと遊びこめる!とワクワクする森でした。」と森の印象について語ります。この森でできそうなこととして、「親子で森で遊ぼう」「子どもたちを中心としたプレーパーク」「森のようちえん」「森から学ぶ子育ち&親育ち」「瞑想や森ヨガ講座」などたくさんのアイデアが出ていました。
また森を見た上で、リスクマネジメントについても言及。季節や天候、エリアごとに危険度別のリスクの洗い出しとそのマネジメント方法を明記したマニュアルを作成する必要があること。それに関する自主的な勉強会や専門家を招いた勉強会を定期的に行うことといったリスク管理の部分についても的確なアドバイスをいただきました。
浅井 智子
一般社団法人MORIWARA 代表理事(自然育児森のわらべ多治見園・園長)/母と子の幸せ応援団~ひなたぼっこ~代表/保育士&幼稚園教諭/心理カウンセラー
育児&保育&教育に加え、心理学やコミュニケーションも深く学びつつ、自らの育児体験、森のようちえん&オルタナティブスクールの園長としての実践を重ね、多くのお母ちゃんたちの傍らに寄り添い続ける。
森のようちえんの立上げ応援講演会、子育て講座などで多数オファーをいただき、北海道から沖縄まで日本各地を飛び回る。
野外ならではの上映体験を提供する森の映画館
固定の場所を持たず、飛騨のさまざまな場所で映画を上映するヒメシャラ映劇は、広場のように開けた空間とゆるやかな傾斜に着目。適度に勾配が付いていて、「天然の舞台」のようだと、映画上映ならではの視点がありました。
実際に映画上映を行うとなると、「ある程度の暗さ」が必要。夜に上映するという選択もありですが、あえて日が沈む前の少し明るい時間からはじめ、だんだん暗くなるのを映画とともに楽しんでもらうこともできそうだとのこと。また、森にある素材を使って屋根や囲いを作って暗さを演出することもできそうだとのことでした。こういった上映方法だけでなく、木々を活用した遊具の設置、動物や植物といった森について学べるような仕掛けがあると、ただの映画上映の場所としてだけでなく、「映画以外の時間も含めて楽しめるようになる」と森で過ごす時間を含めた映画体験が福地の森でできそうです。
ちなみに、大橋さんの新岐阜興業は「興業」の名が示す通り、昔は岐阜駅前で映画館の上映をされていたそう。町の中で映画を上映し人が集まる場所を育ててこられた大橋さん。これから温泉街にある小さな森で新しい事業を始めるのに、ぴったりな使い方かもしれません。
ヒメシャラ映劇
映画館のない飛騨地域で、“映画体験”を届けたいという思いを持ち、鉛筆工場跡の倉庫や、ホテルのラウンジや喫茶店など色々な場所で上映空間を作り、所謂“ミニシアター系”と呼ばれる作品の数々を上映しています。
おわりに
福地の森は1haほどの小さな森ですが、多様なバックグランドを持つ人が森に関わることで、森の見方や活用の仕方は無限に広がります。この森の人の関わりを背景に「森と人との関わりについてモヤモヤ考えたい」という安江さんもいれば、「日常から離れて五感を研ぎ澄ましたい」と考える池田さんもいて、同じ森でも全く異なるアイデアが出てくるのがおもしろさでもあります。多様なアイデアを形にするために必要な「道具」を管理する「道具番屋」の建設計画も進行中。さまざまな森の使い手たちが自由に楽しむ森の姿はもうすぐそこです。