樹形や枝葉が3Dで鮮明に。最新のレーザ計測技術が捉える森の姿と、その活用
Introduction
はじめに
ヒダクマは8月17日、飛騨市、信州大学農学部の森林計測・計画学研究室、信大発ベンチャーである精密林業計測株式会社とともに、森のレーザー計測を実施しました。フィールドはヒダクマの社有林。レーザドローンや手持ちセンサーを用い、森を上から、そして中から計測し、データを取得しました。様々な面から森の価値を引き出すことにつながる、新しい試みです。本記事では、森のレーザ計測をレポートするほか、そこから生まれる可能性について紹介いたします。
【プロジェクト概要】
協働内容
- 森のレーザ計測
- 3Dデータの活用
レーザ計測実施日
- 2020年8月17日
体制
- フィールド提供・事前調査・3Dデータ活用検討:飛騨の森でクマは踊る
- レーザ計測:精密林業計測、信州大学農学部森林計測・計画学研究室
- 3Dデータ作成:精密林業計測
- 協力:飛騨市役所林業振興課、飛騨市森林組合
関連リンク
信州大学農学部 森林計測・計画学研究室
精密林業計測株式会社
単木レベルで浮かび上がる樹形や枝葉
計測データを元に作成した森の3Dデータを見ると、ヒダクマ社有林の様子が手に取るように分かります。レーザドローンが地上から約80mで捉えた、傾斜をはじめとした地形や林分(ひとかたまりの森林)の様子。携帯型レーザ計測により地上で取得したデータからは、単木レベルでの広葉樹の樹形、樹幹や枝のつき方が浮かび上がり、広葉樹資源が事細かに把握できるようになりました。
レーザドローンが樹冠をスキャン
森林計測・計画学研究室は、センシング技術をはじめとしたテクノロジーを駆使する「スマート林業」の知見を豊富に持つ研究室。精密林業計測も同研究室の竹中悠輝さんが代表を務めています。今回のレーザ計測は、長野県林業総合センターの紹介により、飛騨市と信大がつながったことで実現しました。針葉樹林を対象に実績を重ねてきた信大と精密林業は、その技術を広葉樹林に応用しようと試みているところでした。
森を計測するDJI社のドローンが搭載しているのは、ミラーレスの一眼レフカメラとフランス企業YellowScan社のレーザセンサーです。飛行しながら森の樹冠に対して目に見えない波長帯の光を32本を発射し、その反射を感知することで、樹冠までの距離や角度といったデータを取得。そのデータを元に、3Dデータが作られる仕組みです。
ヒダクマと飛騨市役所、飛騨市森林組合は、今回の計測にあたり、社有林の一部エリアで立木の位置、樹種、胸高直径、樹高などを調べる毎木調査を実施。その情報を元に、ドローンの飛行ルートが事前に設定されました。地上から約80mの高度を飛行するようにセットされているとのこと。コースの設定によっては、一回の飛行で10haほどのデータが取得できるそうです。
※ドローンの飛行は、国土交通省の許可を得て実施しています。
レーザドローンはおよそ時速8kmで飛行し、計測は10分程度で終了。オレンジ色のヘリパッドに無事着陸しました。ここからさらに、社有林の中へ分け入ります。樹冠だけでなく内部も計測することで、森の中の様子まで3Dデータ化するためです。
森内部は、手持ちのレーザセンサーで計測。一定の速度で回転するセンサーを手に、広くレーザを照射できるエリアを一周歩きます。傾斜のきつい社有林を片手が塞がった状態で上り下りする、肉体的にハードな計測に思われたものの、さすがは信州大学の方々、あっという間に藪に消えました。テクノロジーと林業の融合地点が、よりリアルに感じられた工程でもありました。
より手軽な計測手法の確立を目指して
360度撮影に対応した小型端末で森を撮影するのは、信大4年生の中川真海さん。卒業研究として、より手軽な手段で森を計測し、立体モデルを作成できる手法を模索中です。レーザ計測とスマホや360度カメラの写真や動画でそれぞれ3Dデータを作り、その精度を検証しています。「森といえば広葉樹」というイメージを抱いていた中川さんは、大学で日本の林業のほとんどが針葉樹を対象としていることを知り、印象のギャップから広葉樹林業を研究テーマにすることにしたそう。成果が広葉樹林業や流通の課題解決に貢献することを目指して、研究に取り組んでいます。
求められる広葉樹林の資産価値評価
広葉樹の利用を巡っては、近年になって中国が天然林の商業性伐採を全面停止したり、ロシアがナラやタモをワシントン条約の対象としたこと(※)により、外国産材の入手が以前より難しくなってきています。広葉樹材の国産化は、その潮流の変化に対処できる手段の一つと言えるでしょう。一方で、国産広葉樹が活用しきれない背景には、資産価値の評価が十分でなく、収益性が不透明である点が挙げられます。社有林のレーザ計測から約2週間後に飛騨を訪問した森林研究・整備機構・森林総合研究所(関西支所)の研究チームは、広葉樹林の資産価値と生産コストの評価に取り組んでいます。
来飛した森林総研の斎藤哲氏は、「まずは、山から切り出した原木がいくらで売れる可能性があるかという、潜在的な価値(山出しの原木価格)の情報を集めるところから始めています。これは飛騨も含め出来るだけ多くの地域から情報を集めたいと思っています。また、資源量の把握については、衛星写真、地上レーザなどから、また伐出コストの推定などについては実際の伐採現場での行程調査を予定しており、調査候補地は全国でいくつか考えています」と研究の見通しを話して下さいました。
※参考URL
林野庁国別情報
中国(https://www.rinya.maff.go.jp/j/riyou/goho/kunibetu/chn/info.html#houkoku)
ロシア(https://www.rinya.maff.go.jp/j/riyou/goho/kunibetu/rus/info.html, https://www.rinya.maff.go.jp/j/riyou/goho/kunibetu/rus/3-7rus-yushutu.pdf)
森への理解が生み出すこと
ヒダクマ社有林の3Dデータは、クライアントへの提案をはじめ様々な活用方法があるはずです。今後、様々な活用方法を検討していきます。特に二次林が多く、小径木の活用が広葉樹の循環利用のポイントとなる飛騨で、この3Dデータと森の価値創出をどうつなげられるかを検討し、実践したいと考えています。また、信州大学が開発するより手軽な計測手法が構築されれば、森林の管理や伐採エリアの選定、多彩な広葉樹に対するニーズと、供給のマッチングといった実装が進み、広葉樹流通の課題解決に貢献するはずです。
森への理解を多面的に深めることは、森の新たな価値を発見したいヒダクマにとって、欠かせません。これからも、地域内外のパートナーと森を探究していきたいと考えています。「こんな最新技術を試したい」、「こんな研究を飛騨でやってみたい」といったご相談はいつでも歓迎ですので、ぜひご連絡ください。
Member's voice
今回、長野県林業総合センターに紹介を受けたのが飛騨市でした。日本の林業を元気にしたいという、目指す場所が同じだ思いましたし、私たちも本当の意味での成長を遂げたいという一心でスマート林業やっています。様々なところからお声がけをいただいていますが、広葉樹を扱う取り組みは初めて。飛騨市と連携して、実績を作りたいです。
信州大学は、産官学連携でレーザ計測によるスマート林業に取組んでいます。
加藤正人
信州大学 先鋭領域融合研究群 山岳科学研究拠点 教授
私たちは森林資源を計測することを強みとしていますが、資源の利用については知らないことが多く今回飛騨市の広葉樹資源の利用について大変勉強になりました。
飛騨市のドローンレーザ計測は初めてでしたので、短時間の飛行でしたが安全な飛行になるように飛行計画をたてました。計測は無事に完了し、初めて見られる方々に機材やデータを知ってもらうことができました。手持ちレーザセンサでの計測も短時間ではありましたが急傾斜な広葉樹林でも問題なくデータを得られました。
動画作成では広葉樹資源を利用する方々が動画を見られるときにどういった情報を短時間で得られると良いのか想定しながら作成しました。点群データはデータサイズが大きく表示に時間がかかるため、一瞬一瞬のフレームに悩み、何度も試行錯誤しました。
計測したデータや動画を多くの人たちと共有することで、広葉樹資源を利用する人々との繋がりをより強くし、飛騨市の取り組む広葉樹のまちづくりに貢献できればと思います。
竹中悠輝
精密林業計測株式会社 代表取締役
卒業研究で広葉樹林業に興味を持ったものの、
形状や樹種に多様性がある広葉樹だからこそ施業や製材や管理での
中川真海
信州大学 農学部
「信大からこんな相談がきている」と、飛騨市役所から教えてもらったのは、今年の6月はじめのこと。その頃僕らは建築家の浜田さんや住友さん達と「曲がり木をまるごと3Dスキャンしてその本来の形を活かして設計し、AR(拡張現実)技術で加工・施工をする」というプロジェクトをしているところで、「広葉樹×テクノロジー」の手ごたえと大きな可能性を感じていたところでした。
テクノロジーは、効率化や自動化を目的とするのではなく、規格化・効率化されて、または人の手では手間がかかりすぎて、こぼれお落ちてしまっている森や木の可能性を丁寧にすくい上げることができるのではないか。
「ぜひヒダクマの社有林をフィールドにしてもらいたい。そのデータを活かして森や木に新しい価値を見出していきたい」
ヒダクマでは建築家やデザイナーを森に招き、様々な人の目で森を見てもらうことで森や木の多様な可能性を引き出すことに挑戦しています。信大との研究によって、人が入れることが難しい森でも、ドローンや地上レーザーの目で見て、それを精密なデータで共有してもらい、より多くの様々な人の目でそれを見ることができる。
森と人と機械が互いに活かしあう未来に向かって、信大や森林総研のみなさんとは、引き続き挑戦をしていきたいと思っています。また、このような挑戦に可能性を感じる方にもぜひ参画してほしいと思います。ヒダクマには、フィールド(広葉樹の森)とそれを活かそうとする意志があります。
松本 剛
株式会社飛騨の森でクマは踊る 代表取締役COO
文責:志田岳弥