最新鋭テクノロジーと広葉樹が生み出す、庭園のような「JINSなんばパークス店」の店舗什器
Outline
革新的アイウエアブランドとグローバルに活躍する建築家との協働プロジェクト
これまでユニークな特注家具やオフィス空間などを手がけてきたヒダクマにとって、初の試みとなる物販店舗の什器を、香港と東京をベースに活動している建築家の小室舞さんの主宰するKOMPAS、株式会社Artistry、株式会社カネモク等と製作しました。
その店舗とは、この春に大阪の商業施設内にリニューアルオープンした、アイウエアブランドJINSの「JINSなんばパークス店」。建築家やアーティストとのコラボレーションにより、地域ごとに個性的な店舗デザインを創出しているJINSは、今回のプロジェクトの設計をKOMPASに依頼しました。3月のオープンに向け作業が進むなか、小室さんはコンセプトを表現する複雑な形状の什器の素材、作り方に悩み、製作が難航します。オープンの日にちが迫るなか、以前所属していたHerzog & de Meuronで3次元CNC(コンピュータ制御加工)を身近に使っていたことから、テクノロジーと職人技の両方を得意とするヒダクマならCNC加工した木材で実現できるのでは、と閃めいた小室さん。こうしてオープン3ヶ月前に相談を受けたヒダクマとともに、急ピッチの什器製作プロジェクトがスタートしたのです。
まずヒダクマはBIM(ビルディング インフォメーション モデリング)を使って設計している小室さんから什器の3Dデータを受け取り、CNCでプログラム可能な形状に再設計。各サイズ、各段ごとにパラメーターに応じて少しずつ形の違う何百というパーツの必要数や加工時間、予算を算出しながら、7台ある什器の製作を進めていきました。プロトタイプの製作から木材の選定と調達、加工・製造から什器の搬入・設置まで、什器の製作ディレクションを一貫して行い、この短期間でのプロジェクトをサポートしました。
テクノロジーの力を最大限生かしながらも、有機的な広葉樹無垢材を豊富に使用し、高級感さえ醸し出す唯一無二の円形什器が生まれました。
【プロジェクト概要】
- 支援内容
・什器製作ディレクション
・什器プロトタイプ製作
・製作図作成・3Dモデリング
・木材選定・調達
・工程管理
・加工・製造
・搬入・設置 - 期間
2019年12月〜2020年3月 - 体制
・クライアント:株式会社 ジンズ
・内装設計・什器設計:KOMPAS(小室 舞)
・内装施工監理:株式会社スペース
・木材コーディネーション・什器製作ディレクション:ヒダクマ(浅岡秀亮・黒田晃佑)
・製作:株式会社Artistry、株式会社カネモク、藤井家具製作所(順不同)
Outputs
花びらのような襞状の段が積層した、木目の美しい円形什器
店舗内装プロジェクトを主導した小室さんは、アイウエア業界における革新的なJINSブランドや、緑豊かな商業施設なんばパークスから着想を得て、メガネという商品一つひとつが際立って見えるよう、ランドスケープのような什器をデザインしました。従来の四角形のモジュールに捉われない、有機的な円形状の木製什器が訪れる人の回遊を促し、ユニークな存在感で店舗空間を演出します。
襞状の段を積み上げたような形状の計7台の什器のうち、もっとも大きいサイズは高さ約1.6m、直径約3mにも及びます。一方で、商品を陳列するスペースとなる花びらのような形の木製パーツは、ちょうどひとつのメガネを置けるサイズ感で、ヒダクマの得意とする飛騨の小径木で製作することができました。実はこの什器には、これまでのプロジェクトで群を抜く7㎥もの広葉樹を結集させ、7樹種をミックスしているため、見る角度により実に豊かな表情を見せます。一段一段異なる高さでありながら、平面と断面の木目や色味にこだわり、全体としてソリッドな印象となるよう、最後までディティールを追求。まるで大きな松ぼっくりのような形状で、メガネを手に取る際に思わず什器にも触れたくなるような、木目の美しい質感の什器が誕生しました。
<S>
材料:ブナ、ミズメ、ウダイカンバ、ヤマザクラ
台数:1台
サイズ:(A)W2050×D2050×H1450
仕上げ:オイル仕上げ
その他仕様:なし
<M>
材料:ブナ、ミズメ、ウダイカンバ、ヤマザクラ、タブノキ
台数:1台
サイズ:(A)W2410×D2410×H1450
仕上げ:オイル仕上げ
その他仕様:なし
<L>
材料:ブナ、ミズメ、ウダイカンバ、オニグルミ、トチ
台数:1台
サイズ:(A)W2780×D2780×H1450
仕上げ:オイル仕上げ
その他仕様:なし
<Lハーフ>
材料:ブナ、ミズメ、ウダイカンバ、オニグルミ、トチ
台数:2台
サイズ:(A)W2760×D2250×H1450
仕上げ:オイル仕上げ
その他仕様:なし
<XL>
材料:ブナ、ミズメ、ウダイカンバ、オニグルミ
台数:2台
サイズ:(A)W3115×D3115×H1640
仕上げ:オイル仕上げ
その他仕様:なし
Process
まず3DモデリングとCNC設計、そして製作を分割して進める
今回のプロジェクトでは、KOMPAS、JINSとその店舗施工会社というチームで既に内装の設計は進んでいたなか、複雑な形状の什器製作ディレクションと、木材コーディネーションをヒダクマが担いました。11段ある什器の側面が全て斜めに立ち上がっていることが意匠のこだわりであったため、CNC加工をメインに製作を進めていきました。
小室さんより相談を受け、ヒダクマはBIMで作成された設計図をCNCソフトでプログラムできる形状に変換しました。何百とある木製パーツは各段ごとに高さと形が異なり、プログラム化しないことにはパーツごとの加工時間と予算が算出できなかったからです。この作業が最大の難関とも言え、データ化作業と金額の合意に約1ヶ月要しました。しかし、小室さんのBIMによる設計図のおかげで、ヒダクマとは3Dデータでのコミュニケーションが可能であったため、複雑な形状の設計を正確に再現することができました。
店舗オープンの日が迫るなか、データ化作業と同時並行で、5種のサイズの什器うちSサイズを製作したりと、分割業務を進めていきました。
飛騨での試作チェックで木の大きさや質感を共有
ヒダクマが相談を受けてからおよそ1ヶ月で試作パーツが出来上がり、小室さんとJINS担当者が確認のため飛騨を訪問。ここまでメールや電話で確認を取りながらの作業でしたが、什器の実際の大きさ、木の質感といったイメージを共有することができました。また樹種をミックスするとどう見えるか、メガネをどう見せるか、試着用ミラーをどのように取り付けるか、といった点を打ち合わせしました。
せっかく飛騨まで来てくださったので、森林と林業の現状を知ってもらうべく、森へと案内したヒダクマ。日本の広葉樹は、斜面に細く曲がって生えていているため、本来使いにくい素材ですが、活用していくことで地域の資源循環や経済価値の創出に繋がっていきます。
伐採された丸太の置き場、土場を見学。山から伐られてきた木の状態を知り、四角く製材される前の、木本来の形を目の当たりに。小室さんは自然が生み出すその有機的な形の活かし方を考えていました。
製材所へも案内し、丸太が板の形となる様子を見学。原木がどのように加工されるのか、そのストーリーを体感することができました。クライアントと製作チームと共に、木の生育現場から製品の加工まで追えるのは、ヒダクマとタッグを組むメリットとも言えます。
国内有数のCNCマシンが、図面通りのパーツを生み出す
ヒダクマへ相談する発端となった、襞状の木製パーツの切削は、手作業では非常に手間がかかる工程です。ヒダクマが製作パートナーに選んだのは、愛知県にある特注家具製
複雑な設計の什器上半分の製作では、ドーナツ型の土台と襞状パーツを一体にした状態で積み上げていきます。土台はXLサイズは12角形、Lサイズは10角形、Mサイズは8角形、Sサイズが6角形。段が上がるにつれ少しずつ外形が小さくなり、厚みが増します。
愛知から大阪へ搬入、ディティールを最後まで追求した施工作業
およそ1ヶ月間で7台の什器を製作し、いよいよ大阪の商業施設内へ搬入、設置。ヒダクマは職人たちと一緒に、店舗閉店後の夜間施工を4日間実施しました。CNCで組み立てる際の位置出しを行っていたため、6名の職人による人海戦術で組立ては1日で終了したものの、最後の最後までディティールを追求。高い精度を求める小室さんのリクエストにも応え、ようやく完成しました。
今回ヒダクマは、建築家とこのプロジェクトに適した製材所、製作パートナーをつなぎ、設計から施工までを全面的にサポート。木への技術と知識、そして最新テクノロジーを駆使し、クオリティの高い店舗什器を作り上げました。
Member’s Voice
店舗の雰囲気が一気に明るくなり、とても新鮮でした。店頭も非常に開けているので開放感があり、以前にも増して居心地の良さを感じています。綺麗になった職場に行くことが毎日楽しみでワクワクしています。
お客様には木材をふんだんに使った設計により、「温かみのあるお店になったね」との感想をいただき、とても嬉しく思います。店舗スタッフとお客様との会話が弾むきっかけにもなりました。
空間の第一印象は「開放感があって明るい」点です。
木材を基調とした什器は明るさだけではなく温かみも演出していて、シンプルなのに五感を刺激する空間だな、と感じました。
また大小異なる高さの什器や、入り組んでいる設計が迷路のような遊び心もあり、ただ立ち寄るだけでも楽しめる空間です。本物の木材(無垢材)を使用しているので、ほのかな自然の香りを感じながらリラックスして過ごすことができます。
私たち店舗スタッフは、商品だけではなく「安らぎ」の空間を提供したいと考えています。都会の真ん中に位置するJINSなんばパークス店で、自然豊かな店舗空間を提供できることが、お客様にとっての「安らぎ」に直結しているのではないでしょうか。
JINSなんばパークス店
スタッフの皆様
店舗内装設計未経験の身でこのお話をいただき、店舗数も多く、すでに様々な建築家・デザイナーと協働されているJINSさんの店舗なので、その中でどうやってここにしかない意匠や体験を生み、新たなメガネの見せ方を提案できるのか、試行錯誤の日々でした。
2年前の香港での展示計画で一度ヒダクマを訪れたとき、複雑なことはできませんでしたが、小径材活用、樹種の多様性、無垢材の量感、デジタル加工などのポテンシャルが頭に残っていたのが、ここにきて功を奏しました。実現方法の模索に苦戦している中で、パズルのピースがはまるように「ヒダクマさんならできるのでは?」と閃き、そこで一気に完成までの道が開けた気がします。特殊な形状と素材感を同時に実現するのに、元々クラフトとテクノロジーの融合に可能性を感じていたので、それを実践しているヒダクマさんは心強いパートナーでした。
店舗に無垢材什器は異例と驚かれましたが、こんなチャレンジに同乗してくださり、予算やスケジュールなども含めて実現にこぎつけてくれた関係者の皆さんのおかげで、唯一無二の店舗と什器ができたと思います。大阪の方々に末永く可愛がっていただけることを祈っています。
KOMPAS代表
小室 舞
ヒダクマ担当の浅岡君は大学の後輩で、社会人になってからも切磋琢磨した仲です。この案件の相談をいただいた時に、工期はとてもタイトでしたが、彼となら達成できると思いました。
しかし、最初は、内部設計もまだという段階でした。オープン日から逆算すると工期は1ヶ月ほどしかなく、いつまでに設計し、いつから材料を揃え、3ⅮNC加工、組み立て、塗装まで終えるか、といったスケジューリングが大変でした。浅岡君へこちらから要望の日時を提出し、頑張って調整してもらいました。お互いにプロとして認め合っていたからこそ、スムーズにいったのかもしれません。
製作がスタートしてからは、1100パーツ以上からなるこの什器を無事に完成させるため、5軸オペレーターと職人十数人が遅れないように、コミュニケーションを図り、取り組んでくれました。普通は間に合わなかったと思います。弊社が、ただの家具職人集団ではなく、経験豊富な製作担当・3D図面設計者・5軸オペレーター・多くの職人がいたからこそ、実現できたと改めて気づかせていただいた案件です。
株式会社Artistry
企画渉外部 営業開発課
大西 功起
このプロジェクトで使用した広葉樹はおよそ7㎥。ひとつのプロジェクトで動いた量としてはヒダクマ史上最大です。
出来上がったものはブナをメインに、アクセントとしてカバやミズメ、サクラ、クルミなどをミックスしたものですが、それは木の在庫と納期とデザイン、品質のバランスをとった結果です。しかしそのことがこの作品にユニークな表現を与えました。見る角度によって異なる表情を見せる木目や色味。小さなピースが集まって大きな塊となった、圧倒的な存在感。
木が小さくて不揃い、量は無いけど種類がたくさんあるということは、一般的なものづくりの観点からいえば欠点と言えるかもしれません。しかしながらそのことを関わる人たちの想いと技術で乗り越えたからこそ、唯一無二のものが実現できました。
7㎥という量は林業界でみれば小さな数字かもしれません。しかし、大阪に出現したこの7㎥は、森の多様性や豊かさ、そして人々の技術が体現された大きな7㎥なのです。
ヒダクマ
浅岡 秀亮
会社概要
株式会社 ジンズ
メガネの販売本数日本一を誇り、老若男女問わず多くの人々から支持されているアイウエアブランド「JINS」。店頭には定番からトレンドの商品まで常時約1200種を展開。世界的に活躍するデザイナーや建築家と協業した商品や、AIを駆使したサービスの開発など、お客様の生活を豊かにするためのイノベーションの追求を続けています。
https://www.jins.com/jp/
文:石塚 理奈
写真(竣工写真のみ):阿野 太一