#曲がり木センター
Column

【寄稿】建築情報学で森林の課題にアプローチする

FEATURED PEOPLE
登場人物
石渡 萌生
Megumu Ishiwata

Introduction はじめに

曲がった木は、その形状ゆえに規格品の材料として採用しづらく、現状では紙や燃料、菌床のためのチップに加工され、活用されることがほとんどです。そこでヒダクマでは、テクノロジーを活用して曲がり木に新たな価値を吹き込むべく、曲がり木センターを運営しています。そんな曲がり木センターに関心を持ち、2022年3月、曲がり木を建築で活用できないかを研究・画策するインターン生・石渡萌生(いしわた・めぐむ)さんがやってきました。本記事は、石渡さんの修士研究やインターンでの発見をまとめた寄稿です。曲がり木の未来は建築情報学によりどう活用され、それは今の森林の課題にどのようにアプローチするものなのか、ぜひ読んでみてください。

Writer's profile
石渡 萌生|Megumu Ishiwata
神奈川県横浜市出身。大学生の頃中山間地域で建築コンペを企画したことをきっかけに、森林資源とサステナブルな建築設計に関心を持つようになる。大学院では建築情報学を専攻し、MR技術を生かして1本の木から建築をつくることを試行。「誰でも気軽に立ち入ることができ、生態系をリスペクトしながら資源を生かし循環させられる森」ができることを夢見ている。好きな木はホオノキ。

情報学を活かした持続可能な建築の仕組みづくり

「中山間地域内で自然形状木の建材利用を容易にする情報技術の研究」

修士研究で扱ったこのテーマは、自分が大学と大学院の6年間で経験したことから生じた、興味関心と課題意識を合わせたものでした。

「中山間地域」と「木・木材(森林資源)」に関心を持つようになった理由はふたつあります。

ひとつは、学部生の頃に中山間地域で建築コンペの企画・運営をした際に感じた課題です。

その企画は関東圏の学生を募集し、長野県まで出向きリノベーションでシェアハウスをつくる、というもので、地元の方に協力してもらいながら設計から施工まで実施しました。企画には町の関係人口を増やすという狙いもありましたが、完成後も関わり続けてくれた学生はほとんどいません。関係人口を増やすことに期待しすぎず、少ない人数でもできる建築の仕組みづくりを考えることも大切だと感じるようになりました。 

ふたつ目は、気候変動への関心です。

海外大学院に落ちた矢先にコロナ禍となり家にこもっていたとき、幼少期から関心があった気候変動について学ぶことができるオンラインコンテンツを見るようになりました。そこでデザインをする者として自分にできることはないか、より真剣に考えるようになりました。建築士になりたいと思い始めていた高校生の頃、ある方から聞いた「建築家は最も自然を破壊する職業のひとつである」という言葉がずっと心に残っていたこともあり、大学院では「資源の循環をデザインする」ことについて学ぼうと考えました。

このふたつに、「情報学」を掛け合わせようと思ったのは、学部の頃設計課題で何度も聞かれ、まともに答えることができなかった、「その形にした根拠は?」という質問の答えを見つけたいと思っていたからです。

直感で造形をしていた自分はいつもその質問に答えることができませんでした。そして建築を考えることが少しずつ難しく、怖くなっていました。一方で、アアルト建築の自由な曲面形態に魅了され、よく観察するようになっていました。

「発展が進んできているPCのシミュレーション技術を活用すれば、根拠のある形を考えられるようになるのではないか」

そう考えるようになりました。

こうした経緯から、大学院の2年間は「中山間地域」「木・木材(森林資源)」「建築情報学」をキーワードに森の資源循環を向上させる仕組みについて考えるに至ったのです。

森の現場で感じた小径木と曲がり木の課題

大学院で森林や木材にまつわる講義を受けたり、外部で森について話し合うコミュニティに参加したり、学校の内外で少しずつ森について考える機会が増えていきました。

そんな中、小径木と曲がり木の課題を初めて意識したのは、長野県で実施したフィールドワークでした。県内の森林や製材所、木工所や設計事務所を見学させてもらい、森と木材が抱えている課題を目の当たりにしたのです。十分な手入れがされず、使い道がなく、多くが放置される小径木や曲がった木。その様子を見て、これらを資源として活用することで次の世代に向けた森林の整備を促せないかと考えるようになりました。

こうした経緯から、日本の森に残された小径木や曲がり木をうまく活用したいと思っていたところ、所属していた研究室の助手である住友恵理さんがMIYASHITA PARKのTorinosuに関わっていたことを知りました。

写真:Gottingham

建築設計以外の職種にも興味を持っていたこともあり、研究のヒント集めも兼ねてヒダクマでインターンをしてみたいと思うようになりました。

「木と森と人々の暮らし」を感じたインターン

2022年3月、飛騨へ2週間のインターンに行きました。

インターンでは飛騨の森から出てきた曲がり木のスキャンをして、どうしたらそのデータが一番使いやすい状態になるか、その処理の方法を試行しました。このとき経験したスキャンの手法は、のちの修士研究にも生かされました。また、樹皮剥きや木材の仕分けをし、飛騨にある広葉樹の木材や曲がり木の性質を目で見て肌で感じることができました。

通常は家具用材として使われない二又の木。樹皮を剥いて活用する
飛騨を代表する広葉樹の一つであるホオノキ

そのほかにも雪山を散策し、そこで昼食を取ったり、勤務終わりにみんなで樹皮からカレーをつくったりして、森と人の暮らしが近い生活を体感しました。(何より純粋に気持ちがよく、楽しかった!)

大学院で履修していた授業で「昔の人はもっと木を多様な用途に使い、木のあらゆる部位を余すことなく活用していた」と先生が話していました。そのことが、2週間のインターンを通して少し実感できました。そしてそれと同時に感じたのは、今の私たちが木を活用できている場面が、授業で聞いていた内容よりずっと少なくなっていることでした。

古川町高野から見る飛騨古川の中心地(左)、キハダなどの樹皮を使ったカレー

その後の研究テーマの大きな決め手となる出来事が、インターンの期間中にありました。訪問した木工所で聞いたトチノキの話です。飛騨にある大きなトチノキが、ある時切り倒されてしまった、ということを話してくれました。地元の人がみんな知っているような思い入れのある木だったから、そのまま残すか、伐るとしても何かもっといい使い道があったのではないか…と残念そうに話す様子が印象的でした。

その様子を思い出し、複数の木の曲がり部分を集めて形をつくるのではなく、ある一本の木から形をつくることを考えてみようと思いました。決まった木からつくるのであれば、木を伐る前にデザインを検討することができたら、材料効率が良い伐り方ができるようになるのではないか、ということにも気がついたのです。

こうして、現状では構造体として利用できていない小径木や曲がり木を使い、木を切り出す前に構造体の形状を検討・決定できるシステムを開発することを決めました。

小径木と曲がり木を救うシステムの開発

伐倒から施工までを同じ場所で行い運搬コストを下げることで、非規格材の山元立木価格を上げられるような、必要最低限の道具と環境でつくることができる方法はどのようなものなのだろう…?

様々な可能性を考えた結果、3Dスキャン、コンピュテーショナルモデリング、MR(複合現実)のみっつの情報技術を活用して、チェンソーを使って構造体をつくるという方法にたどり着きました。

モデリングシステムと設計システムを開発し、それらを用いて生成したデータをMRで表示することによって、施工をしやすくすることを考えました。

アイデアスケッチ

モデリングシステムでは、スキャンしたメッシュデータを図形的に解析し、ポリラインのデータに軽量化。それぞれの枝の中心線、断面、枝分かれの角度を抽出し、ほしい形を検索することができるようにしました。また自動で枝ごとにナンバリングし、設計時に取り出した材の出どころが分かるような仕組みを作りました。

設計システムは、画面上をクリックすることによって、適当な長さ・数字で入力した長さ・2点間を繋ぐような長さという3つのタイプで材を取り出せるように構築。また、立木と取り出した材の組み立て状況を同時に表示し、組み立て時は材のスナップ移動と回転を可能にしました。さらに材の取り出しを追加・修正・削除できるようにし、実際に木を切り出す前に、情報環境上で何度でも木の取り出し方を検討することができます。

設計システムでつくった構造体を元にカットする情報をMRデバイスで表示させ、それをもとに実際にチェンソーを使って製作まで行いました。ボルトの穴あけについては修正が必要な箇所もありましたが、最終的には情報環境上でつくった構造体とほとんど同じ形状の構造体を製作することができました。

MRデバイスで表示させるためのジョイント加工部分や立木のデータ

似た研究はいくつかありましたが立木から製作をしているものはなく、バーチャル(システム開発)・リアル(製作)ともに手探りで進めていく必要がありました。実際に製作できるのかは最後までわからなかったので少し怖かったですが、できた様子を想像して、それを研究のモチベーションにしていました。

今回使用したソフトはほとんど初心者の状態から始めました。スキャンした複雑な形状をエラーを出さずにいかに軽く、シンプルなデータにするか、ということに終始苦戦。特に最初の仮断面の抽出方法には頭を悩ませましたが、最終的には半球断面+水平断面(低層部)という形をとることで解決することができました。

製作環境を自分で確保する必要があり、またチェンソーを使うのも初めてでした。研究と同時期に他のプロジェクトで関わっていた東京チェンソーズの皆さんにお願いし、製作に使用する木の提供からチェンソー使用のアドバイスまで沢山サポートをしていただいたことで製作をすることができました。

屋外環境とデバイスの相性は想像していたよりもずっと悪く…データが重すぎて落ち、周囲が明るすぎて表示が見えず、気温が高すぎてデバイスが過熱で落ちることもしばしば。計画していた倍以上の時間がかかり、何度も日程を追加して製作を行わせていただきました。

課題に触れ、想像し、手を動かすこと

研究成果は7月末、学内で発表しました。先生方からは面白い、これから発展していきそう、というコメントを多くいただき、最終的にはユニークで価値ある研究の功績を称える「加藤賞」を受賞しました。これまで見聞きして感じていた森林の課題を「一本の木でつくれたら面白そう!」というワクワクした感情と合わせて、自分が心から見てみたいと思うシステムをつくることができたと思います。

見たい・知りたいという好奇心や自分の想像したことを目に見える形にしたいという気持ちは、研究以外の場でも同じでした。2020年に受講した伊那谷フォレストカレッジのコミュニティをきっかけに声をかけられたことで、東京チェンソーズの方と一緒に「森に行きたくなるメディア『呼吸の時間ですよ』」の立ち上げを行いました(そしてこの伊那谷フォレストカレッジを通してヒダクマのことも初めて知りました)。

他にもSDGsに関する記事のライター、ラベルの二次利用をテーマに応募し受賞したブランドラベルのコンペ、ビーチクリーンや家の不用品を再利用したDIYなど、ジャンルを問わず、気になることは積極的に動いて情報を得るようにしました。今はネットで何でも調べて知ることができるけれど、実際にやって得る「知る」の密度はまるで違います。知ることだけでなく、のちにつながるご縁もそこから沢山生まれました。

大学院で専門的に取り組んだ建築情報学でも、同じことが言えます。私はもともと機械操作や情報学にかなりの苦手意識がありました。でも、使い方を工夫すればこれまでにない便利さやイノベーションが生まれるということを、この2年間で少し理解したように思います。

一時期、情報技術を使おうとしすぎて頭が硬くなり、柔らかな発想力が失われる感覚がありました。そのとき、まずは直感で形をつくり、その裏付けとしてデータが支えてくれればそれでいいのではないかということに気づいたのです。データは形をつくるための「タネ」である。初めはそう思っていましたが、必ずしもそのような使い方をしなくても良いということに気づきました。

大学院を9月に修了し、11月から建築設計を仕事にしています。

建築設計に自信がなくなったことも何度もありましたが、2年間少し建築から離れ俯瞰して見たことで、やはり自分は設計が好きで、自分で設計をしたものを実際に見てみたいという気持ちがあることに気づきました。

今後は、住宅をはじめとする生活に密接した建築とその周辺のデザイン、改修などの「循環」「資源活用」に関わるデザインをしていきたいと考えています。手作業や直感などのアナログな部分と、この2年間で獲得したデジタルの技術をバランスよく取り入れ、様々な課題をデザインで改善できる人になりたいです。建築だけでなく、大学院での授業や外部での活動、普段の生活を通して蓄積した多様な経験があるからこそできる、実感を持ったデザインを強みにしていきたいと思います。

小径広葉樹の短期乾燥プロジェクト初回実験乾燥に参加

あとがき

先進的な情報技術は一見難しく、一部の人しか使いこなせないものだと思われてしまいがちです(数年前の自分もそう思っていました)。しかし、なんとなくでも特徴を理解できると、「意外とこういうところにも使えるのかも…?」というアイデアが出てくるはずです。

今回私が研究でおこなった方法以外でも、様々なやり方で小径木や曲がり木を活用できる可能性がきっとあるはず。人間が苦手な部分は情報技術に助けてもらいつつ、私たちの創造力を存分に活かした新しい作品やプロダクトをこれからも沢山見てみたいです。そして自分もそのようなものを作っていきたいと思います。

石渡 萌生

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