改めてもう一回、聞きたいんですけど、大体の行政の人はなぜ新しい取り組みを止めるのかっていうことと、竹田さんはなぜ止めなかったのかっていうこと。

なぜ止めるのかは正直分からないです。私も止めることがありますけど、自分の軸として、これは市のためにならないだろうっていう時はやっぱり止めますし、自分が得意分野じゃない時は、どうしても一歩、踏み出せない時もあります。自分がこの時、なぜ踏み出したのかっていうと、既に勢いよく踏み出してしまっていたっていうのもありますし、こう見えても負けず嫌いなところもあります。あと、松本さんを上げるわけじゃないですけど、頼るところがあったっていうのは、大きいですね。

頼るところ。

例えば、これまで経験がない法人立ち上げというマイルストーンに向かって仕事を進めていくと、当然壁にぶち当たります。そんな時に、トビムシが他の地域で既に似た取り組みを進めていたから資料を取り寄せてもらったりしました。松本さんに頼って教えてもらいながらなら何とかできるかなって思えたんです。あと、当時派遣先の東京から戻ったばかりの上司の存在も私には大きかったです。

その方の話、大好き。教科書に出てこない大事な人物。

その方がよく熱く語っていたのは、「竹田が提案しているような新しい取り組みを進められないような自治体は、これからもう終わるぞ」って。ちょうど地方創生のはしりの頃で、全国の自治体がいろんな新しいことを始めようとした時期だったので、今思えば自分もそういう気持ちがあったんだろうなって思います。その上司に後押ししてもらいました。

飛騨市では、当時から現在も続いている岐阜県東京事務所への派遣があるのですが、その上司は派遣の期間が終わって東京から帰ってきて自分の上司になりました。その上司にトビムシとの委託事業でこういうことやりたいんですよって言ったら、めっちゃ乗ってくれたんです。一度市から出てみたら、全国でいろんな地域がいろんな新しい取り組みを進めていることが分かってショックだったそうです。だから市長や副市長に話す時も、私が話し足りないことは後ろから伝えてくれたんですよ。

さっき竹田さんが止める理由として自分が得意じゃないことは止めることもあるっておっしゃってましたが、一方で、ロフトワークと一緒にやることで、イノベーションとか、いろんな横文字がたくさん出てくることは苦手だとおっしゃっていました。そんな自分の知らない世界で、しかも立ち振る舞いや文化も違います。そこはどう乗り越えたんですか。

まず、苦手だからといって止められるような段階ではなかったですね。あと、いかにも田舎者のようで恥ずかしいんですけど、やっぱり他の職員がやっていない、公務員では決して経験できないと思っていたようなキラキラした、こう、最前線にいる感じってあるじゃないですか（笑）。

（笑）いいと思います。はい。

そうした雰囲気に酔ってたんじゃないかって言われたら、それはそうかもしれないです。そうかもしれないけど、いろんな人と関わりながら、新しいものをつくっていく、他の職員がやってない特別なことをやらせてもらってるっていう喜びがありました。だからテンションが上がっちゃって、松本さんと夜中の1時ぐらいまでメールのやりとりしたり。当時、LINEがなかったんですが、メールを送るとすぐに返信が来て、またすぐ送ると来てみたいな。チャットみたいなやり取りでしたが、全然苦痛ではなかったんですよね。

ヒダクマが立ち上がってからは松本さんの方がご苦労は大きかったと思います。

いやそんな。行政の方って本当に大変だなと思うんですけど、何やっても誰かには必ず批判されるじゃないですか。

当時の思いと今の思いは全然違っていて、まちづくり観光課に来て改めて思うのは、例えば移住者が市内で新しい事業を興すような場合、多分同じような現象が起きるんじゃないかと。免疫が働くかのように最初は得体の知れないものから自分たちを守ろうとする。この町の特徴のひとつと言えるかもしれません。だからこそ美しい町並みが今も守られているということなんですが。そして、実績かもしれないし口伝てかもしれないんですけど、いや、これは敵じゃなくて、実はいいんじゃない？って理解されてどんどん浸透していくと、逆にとても大事にしてくれる。その一線をヒダクマは超えたと思っています。その前はよく分からなかったから、この町が持つ自浄作用が働いたというか、“相場崩しを嫌う”（飛騨古川に残る気質で、周りとの調和を大切にし、それを維持していこうとすること）気質が逆に働いた状態だったと理解しています。正直、当時は自分が生まれた町を嫌いになりそうでしたから。なんでそこまで言われんといかんのやろうと思って。

ヒダクマが完全になじむということはないかもしれないんですけど、竹田さんがなじんだのかな？と思われたのはどういうタイミングですか？

苦情の電話がなくなったり。

あと、市役所の職員が、「FabCafeに行けばこれができるんじゃない？」と、普通の会話の中で出てくるようになった時に、ちょっと認識されてきたかなと思った覚えはあります。それから、やっぱり実績が見えてきた時にそう思いました。でもそれは、市役所が何かしたわけではなく、全てヒダクマの皆さんの努力によるものです。

その後、市として「広葉樹のまちづくり」を立ち上げて、変わっていったと思うんです。ヒダクマが、赤ちゃんから幼児期を迎え、ちょっとずつ手が離れてくように。そういう中でどういう存在に変化していったのでしょうか。

法人が立ち上がった時点で少し寂しかったですね。これまで松本さんと二人三脚でやってきたんですけど、会社と市役所の人間とで、立場が明確に分かれるじゃないですか。行政は公平性が第一なので、これまでのような関わり方はできないんですね。例えばヒダクマに大きな仕事をお願いしてしまうと、そうじゃなくても優遇しているかのように言われてしまうので、極力自分からは提案しないようにしていたことがありました。でも、平成28年に実施した資源量調査のあたりからちょっと考え方を変えました。

林業振興課になる少し前ですね。（平成29年（2017年）4月に飛騨市林業振興課が新設された）

ええ。当時、今ではうそみたいですけど、地方創生を推進する名目で国からたくさんの交付金をいただけることがあったんです。その時に、松本さんにヒダクマとして何か必要なことはないかって聞いたら、中長期的に見た時に資源量調査をやることは、地域にとってこれから広葉樹資源を活用する取り組みのために必要だし、ヒダクマのビジネスにとっても有益だと教えてもらって、なるほどと。

ヒダクマのビジネスは全国でもあまり例のないものです。言ってみれば、道がないところを行くわけですよ。ヒダクマがぼこぼこの所を慣らしながら道をつくっていくのは大変なので、事前にある程度平らにするのを行政がやるイメージです。平らになったところに道をつける方が楽だし、他の人もその道を通ったり、新しい道を付ける人もいるかもしれない。ヒダクマの利益になるんですが、同時に地域の利益になるようなことを自分は考えていました。と言いつつ正直に言うと、自分の気持ちとしては、駄目なことですけど、ヒダクマの当事者のイメージでやってましたね。

飛騨市森林組合に発注したモデル事業っていうのもあったんですね。なぜ私があの事業をやろうと思ったかというと、誰に話してもヒダクマのビジネスモデルが理解されなかったんです。小径木をこんなふうに使えるんですよってことを誰も理解してくれなかった。だからそうした事業を企画して、育成木施業の過程で伐られる材を森から出してもらって、それをヒダクマが商品化するってことを実際にやって、証明したかったんです。モデル事業を通じて、こういうことを地域として目指すっていうことを伝える。その裏にはヒダクマのビジネスを分かりやすく皆さんに伝えたかったっていう思いが実はありました。