#制作秘話
Column

アパレル企業のサステナブルな事業を切り拓く、小さな一歩

FEATURED PEOPLE
登場人物
古宿 彰一
Shoichi Furuyado
株式会社ヤマダヤ 執行役員 マネジメント本部長
上西 勇毅
Yuki Uenishi
株式会社ヤマダヤ 未来創造室リーダー
古市 淑乃
Yoshino Furuichi
古市淑乃建築設計事務所 一級建築士
今井 瑞紀
Mizuki Imai
森のCMFデザイナー

Introduction はじめに

アパレル企業が森林活用に取り組む。一見、アパレルと森林は遠いものとして見えますが、そこに取り組もうとしているのは、愛知県名古屋市に本社を置く、創業130年の老舗アパレルメーカーの株式会社ヤマダヤです。
岐阜県飛騨市に自社有林を所有しているということから、同市を拠点に活動するヒダクマに声がかかり、2023年10月よりヤマダヤのサステナブルな取り組みのひとつとして、社有林活用「飛騨山林プロジェクト」(仮称)が動き出しました。その一環としてはじめに取り組んだのは、飛騨地域産材を使ったヤマダヤの店舗什器製作。什器のデザイナーとして古市淑乃建築設計事務所の古市淑乃さんが加わり、ヤマダヤ・ヒダクマ・古市さんの三者での取り組みがスタートしました。

本記事では、オンラインで開催した「ヤマダヤがはじめたサステナブルな店舗空間づくり」のトーク内容をもとに、社有林活用の一環としてはじまった店舗什器製作について取り上げています。店舗什器製作において、社有林を活用することを見据えながら何に重点を置いていたのか、什器が完成した今、今後の展開としては何を考えているのかをご紹介します。

Writing:松山 由樹 Editing:ヒダクマ編集部 

【イベント概要】

■日時:2024年8月29日(金)

■登壇者:
古宿 彰一さん(株式会社ヤマダヤ 執行役員 マネジメント本部長)
上西 勇毅さん(株式会社ヤマダヤ 未来創造室リーダー)
古市 淑乃さん(株式会社タンネ/古市淑乃建築設計事務所 一級建築士)
今井 瑞紀(株式会社飛騨の森でクマは踊る 森のCMFデザイナー)

■モデレーター:
岩岡 孝太郎(株式会社飛騨の森でクマは踊る 代表取締役社長/CEO)

■関連記事:
オンラインイベント
ヤマダヤがはじめたサステナブルな店舗空間づくり

プロジェクト紹介
飛騨の森とヤマダヤのこれから。アパレルブランド「Aga」「Vin」の什器製作

Output

手探り状態からはじまった社有林活用プロジェクト

「ヤマダヤさんから、店舗づくりに取り入れたいというオーダーがあり、社有林から木材を伐り出すことをはじめに考えた」というヒダクマ今井。

しかし、実際に伐採を行うことを考えると、伐採作業のための道の整備や伐採後の搬出・製材・乾燥の手配などにかかる時間や労力が大きく、はじめの一歩としてはハードルが高い状態でした。その上で「社有林を活用すると何をすることができるのか」がまだ想像できていないヤマダヤさんに対してどう答えるべきか、手探りの状態だったと振り返ります。

そこで「社有林」という枠に留めるのではなく、社有林がある「飛騨地域」にまで枠を広げ、飛騨の資源や人を巻き込み、一度ものを作ってみることに舵取りを変更することにしました。地域との密接な繋がりを生みながら「何が出来るのか」を具現化してみることに今回プロジェクトでは重点を置いたのです。

そして、店舗デザインに木調の仕上げを取り入れている「Vin」と高品質な国内生産アイテムを取り揃える「Aga」というふたつのブランドの店舗什器を製作することが決まりました。

今回店舗什器を製作することになったのは、ブランドイメージのそれぞれ異なるAgaとVin。

店舗什器のデザインにおいて、デザイナーに必要とされていたことは、ウィメンズアパレルにマッチするデザインであること、さまざまな素材・カラーへの感度の高さ、ヤマダヤの店舗のある大型商業施設に適した機能の設計が可能なこと、今回の取り組みへの共感度など、数多くありました。上記の項目への親和性の高さから、ヒダクマから古市淑乃建築設計事務所の古市さんにヒダクマからお声がけ。驚いたことに、古市さんは学生時代からヤマダヤの洋服を着ているヤマダヤのお客さんでもあったのです。

古市さんの紹介スライド。ご自身のWebサイトのプロフィール写真で着用している洋服はヤマダヤのブランドのものだった。

目指したのは、どんな森の状況も受け入れられる素材使い

プロジェクトメンバーが揃い、将来的に社有林材を利用することを見据えみんなで森へ入ろう、というタイミングでしたが、プロジェクトのスタートは雪深く森に入れない冬の時期。今後社有林からどんな素材を使うことが出来るのかが分からない状態でした。

そこで考えたのは、社有林の状況が分からなくても受け入れられる素材使いのデザイン。たとえ社有林から出てくる素材がどんなものでも什器を作ることができるのだと伝わり、木を使ったものづくりの良さが感じられる素材の使い方が重要だと考えました。

「今後社有林の活動を広げていく上で、ヤマダヤの皆さんに木の質感の良さや表現の多様さを実感し、可能性を感じてもらうことも重視した」と古市さん。「Aga」「Vin」という異なるふたつのブランドイメージをそれぞれ象徴するような什器を製作するべく、異なるアプローチで設計・製作が進んでいきました。

設計に合わせて材を選ぶのではなく、材が最も魅力的に見えるカットラインを吟味することで、個性を最大限に引き出す。材料側から作り上げるデザインを行ったAgaの店舗什器。
Vinでは機械加工で出るおがくずなどのチップを押し固めて作ることが出来るストランドボードを採用。用材として取れる木がなかったとしても、無垢の木のものづくりに引けを取らない魅力を引き出すことを考えた。

店舗スタッフの方とのコミュニケーションにおいては、「実際にものを見せることからはじめた」という上西さん。什器を使ったお店でのディスプレイに関して、「設計の段階や什器ができたタイミングでものを見ながらのディスカッションができた」と話しています。

そのような過程を経て店舗に配置された什器は、ブランドのアイコン的存在となり、「スタッフ・商品・お客さんのそれぞれをつなぐ点において、いい意味で異物的な存在となった」と古宿さんは話しています。また「無垢の木ならではの質感を良いと感じてもらえるデザインを目指した」と語った古市さんの言葉の通り、上西さんからは「手触りや匂いを感じてくれたからか、店舗スタッフが愛着を持ってくれている」との声がありました。

Vinの店舗什器
Agaの店舗什器

踏み出した森への一歩。そしてこれからの事業展開に向けて

アパレル企業が森林活用に取り組むという、一般的には結びつけが難しい挑戦へヤマダヤが踏み出せたのはなぜだったのか。その要因として古宿さんは「ヤマダヤにはもともと失敗を許容し挑戦を応援するカルチャーがあった」と話しています。
什器製作をはじめる前は「ひとつやふたつ、什器を入れたところで何も変わらないのではないか」という後ろ向きな意見も出ていたそうですが、実際に什器ができてからは、「これから次は何をしていこうか」と前向きなムードに変化していったそう。ヤマダヤ・古市さん・ヒダクマがひとつのチームとなって取り組んだ成果が見えてきました。

最後に、森林活用に関する今後のチャレンジに対する思いをそれぞれに伺いました。

今井はヤマダヤさんの社有林に入り、「人が入るのにすごくいい森だ」と感じたそう。女性スタッフの割合が高いヤマダヤ。産休・育休に長い間入られる方も多く、長く休むことで会社の中で自分の居場所はないのではないかという疎外感を感じてしまう方もいるようです。社有林活用を通じ、そういった社員の方へメッセージが送れる取り組みができたらと古宿さんと上西さんが話していたことが印象的で、「社員の方への福利厚生的に森を活用できたら」と語っていました。

歩きやすく整備されたヤマダヤ社有林。森に入るというだけでも十分楽しめるのではないか。

古市さんは「体感することが難しいサステナビリティに対して、会社が所有する森があり、そこから出てきたものがお店の什器になることは、社員にとってサステナビリティを体感しやすくなるのではないか」と考えています。社有林材を活用した什器設計においては、「森の存在を感じられるような工夫をしていきたい」と語っていました。

上西さんは、時代の変化とともに価値とされるものも変化してきていて、今は安心・安全であることが価値になってきているように感じているとのこと。今後の取り組みとして「もののトレーサビリティがわかるようにしていきたい」と考えられています。

古宿さんは、広葉樹利用における川上から川下までの事業者が揃う飛騨地域の特徴について言及。「川上の事業者から、製材する川中、そしてそれを加工する川下までが揃っている特異的な地域に対して、我々のようなよそ者が入っていくことで新しい刺激を与えられるような存在になれたら」と地域に対する思いを話しました。

古宿さん、上西さんは2023年に開催した「飛騨市・広葉樹のまちづくりツアー」に参加。飛騨地域の川上から川下までの事業者の元を訪れ、直接対話している。

ヤマダヤさんの取り組みはまさにはじまったばかり。今回の店舗什器製作という小さな一歩を踏み出し、今回のイベントで改めて振り返ったことで、今後の社有林活用に向けたイメージをさらに膨らませることができました。
今後もヤマダヤさんの取り組みは続きます。これからの展開も楽しみにしていてくださいね。

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