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Column

飛騨市の水と土の関わり ー 水(前編)

FEATURED PEOPLE
登場人物
大西 健夫
Takeo Onishi
岐阜大学 応用生物科学部 教授

Introduction はじめに

飛騨市の豊富な広葉樹から育まれる水が農作産物にどんな影響を与えているのでしょうか?

2024年3月15日、飛騨市主催で「広葉樹が育む水の秘密に迫る」と題したセミナーが開催されました。このセミナーは、飛騨市が「地域産品高付加価値化プロジェクト」の一環で、岐阜大学と共同で行う市内の水質・土壌の調査・分析結果を市民に伝える報告会。「地域産品高付加価値化プロジェクト」とは、河川の水質と土の研究活動を通して得られた分析結果から、市民が森林の新たな価値を見出したり、地域産品の高付加価値化やさらに魅力的なブランディングにつなげてもらうことを目指した取り組みです。

本セミナーに登壇したのは、水文学(自然界における水の循環)を専門とし、2021年(令和3年)より飛騨市をフィールドに森林と水質の関係性について調査・分析・研究する岐阜大学 応用生物科学部の大西健夫教授。当日は、林業・農業を営む方、自然ガイドなど地域の方約20名が会場に集まり、熱心に耳を傾けました。

私たちが生活する上でなくてはならない存在の水や土。大西教授の話では、水と土との関係性を、歴史や自然と人との関わりから見つめていきます。水と土と私たちのこれからの良い関係とはどんな形だろう?と、遠い過去と遠い未来を行き来しながら想像するようなお話。来年も継続して調査が続くことから、中間報告として行われた当日のセミナーの様子を全3回に分けてレポートします。

Writing:井上 彩(ヒダクマ) Photography:飛騨市提供 

飛騨市では、豊かな森、水、土、食の親和性を背景に、生産者の皆さんのこだわりや農家自慢の食材ひとつひとつを下記サイトでご紹介しています。
■飛騨市公式食の情報サイトHIDAICHI:https://hidaichi.jp/

講演する大西教授

単純明快ではない関係性

はじめに、大西教授は、市域の90%以上を占める森林からもたらされる水、その水が育む色々な作物にどのようなつながりがあるのか、作物のおいしさとどのような関係があるのかというお題を飛騨市から与えられ、この取り組みがスタートしたことを紹介。その上で、AだからBという単純な関係性はなかなか見出すことは難しいこと、本研究ではこの地域の風土を形づくる水・土にどのような特徴があるのかという基本的なところから一つひとつ研究してきたことをお話したいと述べました。

当日のセミナーのトピックは、以下の3つ。

  1. 飛騨の水 - 殿川を中心として –
  2. 飛騨の土 - 黒ボク土に着目して –
  3. 古川盆地の地下水 - 水田の涵養 –

3番目の地下水については、本取り組みに関わる中で見えてきたひとつの課題として、古川盆地においてどれくらい水源が地下水涵養に役立っているのかということを今年から調査し始めており、その中間報告になります。

飛騨の水のイオン

大西:

 水には多様なものが含まれています。特に、作物や植物体が利用する栄養分は、それらが最も利用しやすい形態の水に溶けているものです。その中でも水に溶けているイオンに注目してお話します。

水質の測定は現場に行き、採水をし、その水をろ過します。今回は水に溶けているイオンを見るため、ろ紙を通過した水に含まれている成分を色々見ていったとのこと。対象とした流域は、殿川流域と宮川の様々な地点。そこで採水し分析したところ、特徴的なことがわかりました。

大西:

 殿川・宮川の水質と全国平均との比較をしたところ、殿川流域では、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウム、硫酸、塩素といったそれぞれの成分が低いことがわかります。全国より概ね低い値ではありますが、ケイ酸については、宮川は全国平均に近い値を示しているというのが大きな特徴です。ケイ酸の成分は、岩盤の風化から出てくる成分で、プラントオパールと呼ばれる、イネ科の植物の骨格を形成するような重要な成分です。

大西教授は、ほかの成分に比べて高い数値のケイ酸に着目。調べていくと、宮川から殿川流域に沿って上流に上がるにしたがってケイ酸の数値が上がることがわかりました。全国平均や中部地方の平均に比べてもケイ酸の値が高いそうです。

大西:

 では、ケイ酸がどういうプロセスを経て水に溶けだしてくるのか?ひとつは地下水が岩盤と触れている時間が長いと、岩盤から溶け出してくるケイ酸の濃度が高くなります。地下水が比較的長い時間滞留して、岩盤が風化してそこから出てくるというプロセスがある。そういった山の特徴を持っているのがひとつの現れなのかなと思っています。

水と多様性

大西:

 日本の河川というのは、たいていの場合は軟水に相当します。殿川の河川は、軟水のなかでも超軟水に近いような数値を持っているのが特徴です。

水の硬度は、殿川の上流では7.1〜9.6mg/L、殿川下流では12.6mg/L、宮川では29.8mg/Lという数値で、飛騨の水は大手飲料水メーカーのペッドボトルの水と比較してみても低い数値だそうです。「これはおいしい水?」かどうかについては、水の定義は簡単には決まらないと大西教授。硬度からみるとおいしい水は10-100mg/Lに相当すると言われており、その範囲から見るとギリギリですが、水温がどれくらいか、臭気がないかなど様々な要素が噛み合っておいしい水かどうかは決まってくるとのこと。今後は殿川流域だけでなく、飛騨市全体のいろんな河川で同様に水質を調べ比較することが課題であると述べました。

大西:

 ちょっとした硬度の違いで、お酒の発酵であるとか、あるいは酵母の発酵であるとかそういったものが違うと言います。殿川流域だと数値が小さいけれど、ひとつ谷を隔てると一般的に少し硬度が上がる。谷ごとに水質が違うのではないかと思いますので、きめ細かに場所による違いというものを今後定量化していくことができれば、地域の風土、全体の多様性といったものを評価できるんじゃないかと思っています。

一年を通じて安定している宮川の流量

流況曲線とは、ある地点において1年間の日平均した流量データを大きな流量から順に並べ替え、流量を縦軸に、日数を横軸に表したもの

続いて、水の量の話。宮川を含む神通川第一ダム集水域と、比較対象として長良川の水の量を流況曲線で見てみると、長良川に比べて、渇水になりにくい河川であると言えるそうです。全国的に比べてみてもこの数字は、年最大流量と年最小流量の比である河況係数が平均27.2とかなり低い数値であるという特徴を持っています。27.2という数値は淀川より低い数値で、淀川上流にある大きな水がめのような貯水能力を発揮する琵琶湖のような存在がないのにも関わらず、年中安定した流量があることを示します。その特徴を活かし、様々な地点に水力発電がつくられたという経緯があるのだろうと大西教授は話します。

大西:

 この安定した流量を支えているのは何なのか?そのことを探るひとつの手立てとして、同位体を使って一つひとつ検証することができます。

同位体から水の起源が見える

今、川を流れている水はどんな水なのか?そこで流れている水が、雨起源なのか雪起源なのかを推測できると言います。

大西:

 同位体とは、水だったらH₂O、水素がふたつ、炭素ひとつが結びつく。同じHでも軽い水素と、重い水素があります。これを同位体と言い、化学的特性は変わらないが重さが違うものを同位体と言います。(中略)同じH₂Oでも重い水と、軽い水があるということになります。

雨が降ってくる時は、重い水から降ってきます。軽い水は大気の方になります。蒸発していく時は軽い方から蒸発していきます。水循環は、雨が降って蒸発があって、地下を浸透して川へ出ていくというプロセスの中で、重い水、軽い水が分別されていき、地下水は比較的重い水、蒸発していく水は軽い水というような感じで、重さが変わっていくという特性を持っています。太平洋起源の雨や雪の水か、日本海起源の雨や雪の水かで同位体の重さが違うため、それを丹念に調べていくと、今そこにある水がどこからきたのかをある程度追跡し、オリジンを探求することができます。

左の地図は宮川から殿川流域の採水地点。右のグラフの縦軸では、水素の数値が大きくなっていくと、相対的に重い水素、下にいくと相対的に軽い水素。横軸は、酸素が右にいくと重く、左にいくと軽いことを表す。
大西:

 冬の積雪と夏の降水が混ざるちょうど中間的な値をとるために、夏場に宮川から殿川流域の様々な地点で採水し、水の安定同位体を調べてみました。夏場の雨でも冬に降った積雪というものが、じっくりじわじわ溶け出し、時間遅れをもって、河川の水を支えていることがこの結果から示唆されます。もうちょっと詳しくみていくと、青い線で囲った箇所がより積雪寄り、赤い線の箇所(古川盆地から高山側)が夏の降水寄りになっており、区分できます。

 

土の話(中編)へつづく

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