#イベント&ツアーレポート
Column

【寄稿】森への関わり方を、クマに訊く

FEATURED PEOPLE
登場人物
安江 悠真
Yuma Yasue
クマ研究者

Introduction はじめに

2022年11月12日〜13日の2日間にかけて、クマ研究者の安江悠真さんとヒダクマの松本・松山が森の案内人となり、「ツキノワグマにとっての豊かな森を学ぶ2日間のフィールドワーク」を開催しました。人とは異なる知覚を持ち、彼らなりの行動原理を持つ生き物の世界を垣間見ることは、人の社会での生き方や暮らし方を考えるヒントになるかもしれない。そんな思いで企画したこのフィールドワークには、建築家、テディベア作家、環境教育や獣害対策に関わっている方、登山愛好家などさまざまな分野の方々に全国からご参加頂きました。本記事では、2日間のフィールドワークの様子を安江さんの文章でお届けします。

「ツキノワグマにとっての豊かな森を学ぶ2日間のフィールドワーク」のイベント概要はこちら

「SDGs」がまだピンと来ない人へ

学生時代は、好奇心の赴くままに野生動物の研究をしていました。研究対象はツキノワグマ。林業とクマの行動パターンの関係性をテーマに修士論文を書きました。

今回のフィールドワークのテーマとなるツキノワグマ(社有林内で自動撮影カメラにより撮影)

大学卒業後は地元の岐阜に戻り、前の仕事の関係で飛騨に移りました。いまは林業の会社に勤めつつ、個人事業主として森の資源や空間を活かす仕事をあれこれとやっています。

研究機関に所属しているわけでもなく、在野の研究者と言えるほどの活動もしてません。それでも時々、飛騨の山々をフィールドにクマの調査をしています。昨年秋に行った「ツキノワグマにとっての豊かな森を学ぶ2日間のフィールドワーク」は、そんな経緯もあってヒダクマさんと一緒に企画しました。

主旨は、森の中で生きるクマの目線を疑似体験しながら生態系というシステムを学び、これからの時代の人の生き方や、自然との関わり方について考えるというものです。

これは持論ですが、何かテーマがあったり、特定の生き物にフォーカスすると、森や自然を理解する解像度がグッと上がると思っています。そこで、自分がやっているクマの調査に一緒に来てもらうという“ノリ”で参加者を森にお招きする。そして、自然や生き物への理解を深めてもらい、自分がこれからどのように森に関わっていくのかを考えてもらう。

SDGs、環境保全、生物多様性…。そういう概念をちゃんと理解したい人。もしくは今いちピンときてない人がそれらを「自分ゴト」にするきっかけを提供する。それは、森林を空間として活用する新しいコンテンツになりうるという期待も込めて、これからも定期開催していくつもりです。

クマの目線で森をみる準備

クマは、移ろう季節の中でいろいろな動植物を生活の糧にします。そんな彼らの生き方を紐解くために、2022年の9月に植生調査を行いました。これは、事前準備としてヒダクマさんの社有林にクマが利用する植物がどの程度あるのかを大まかに把握するための調査です。

2022年9月に社有林で行った植生調査の様子

研究に携わった人間として、根拠が示せないことは言えない。けど、社有林という広い空間の特徴を限られた時間で把握したい。そこで、資源の「重要度」と「資源量」を大まかに把握する方法を考えました。具体的には以下のような感じです。

【重要度】
過去に公開された論文の中で、「クマが食べる植物」としての報告件数が多いほど、クマにとって重要な植物と考える。報告の少ない植物は時々しか食べない。報告の無い植物は、クマは食べないと考える。

【資源量】
その植物がその森林にどれだけあるかの物量。ただし今回は多・中・少の相対評価とする。クマがどれだけ利用できるかという目線で、林内で広い範囲に生えている植物を“多”、数本しかなくメインの食事とはならない植物を“少”と考える。

「クマの食資源」という目線でヒダクマさんの社有林をみると、以下のような感じです。

①クマの大好きな食べ物で、資源量も多い:ブナ、ミズナラ、クリ

ブナ、ミズナラ、クリ それぞれの堅果

②クマの大好きな食べ物で、林内には局所的に存在する:クルミ、サクラ属、ミズキ、アリやハチの巣、ウワバミソウ

ウワミズザクラの実(結実期は7月ですが、少し残っていた)
古い切り株にあったハチ(もしくはアリ)の巣を壊して卵や蛹(さなぎ)を食べた痕跡
ウワバミソウ(山菜として人も食べることができる。飛騨では“ミズナ”の名前で親しまれている)

③クマは時々しか食べないけど、資源量は多い:クロモジ、タラノキ、ウド、二ホンジカ

クロモジの実
ウドの実
二ホンジカ(社有林内で自動撮影カメラにより撮影)

④クマは時々しか食べなくて、資源量も少ない:トチノキ、ウバユリ

ウバユリ(クマはユリ科草本の根を食べることもある)

異分野の人と一緒に、クマの棲む森へ

建築家、テディベア作家、環境教育、獣害対策、登山愛好家…偶然か必然か、2022年の11月に実施した初回の参加者はとても多様なメンバーとなりました。

フィールドワークのイントロダクションをFabCafe Hidaで行っている様子。森に入る前に安江さんより、フィールドワークについてのインプットがあった。

「良く知りたい」以上のテーマを持っている方も多く、例えば、

「クマの冬眠穴を模した滞在空間を設計したい」
「ツキノワグマをテーマにテディベアの製作をしたい」
「普及啓発の教材をつくりたい」
などなど。

建築家の方がつくりたい空間の模型と、ツキノワグマのテディベア

距離感は様々なれど、ご自身のお仕事との接続を強く意識しておられる方がこんなにも多いとは!企画者として嬉しい悲鳴であると同時に、かなり驚きでした。

そんな方々と一緒に、社有林へ。
人が歩けるように整備された場所とは違い、社有林にはそもそも道がありません。

植生調査を行った9月から季節が進み、森の様子も一変しました。飛騨北部の森の11月は、落葉もはじまっています。

 

 

11月の様子
9月の様子

これまでの踏査から、ヒダクマさんの社有林には複数頭のクマがいると考えています。随所にみられる食べ痕や爪痕から、その場所でのクマの行動を推測しながら進みます。

ウワミズザクラの木に出来たクマ棚(クマが木に登って食事をした跡)
ウワミズザクラの木に出来たクマ棚(クマが木に登って食事をした跡)
クマハギ(スギの木の形成層をかじった痕跡)
クリの実の食痕
ブナの木についた爪痕(新芽がでる5~6月か、結実期の10~11月に木の登って食事をする)

クマは主に植物を食べて生活していますが、体のつくりは肉食動物に近いです。草食動物ほど長い消化器官を持たないので、森林内にある資源の内、食べているのは消化しやすい新芽や木の実などが中心です。

つまりは、人の感覚に近いということ。
クマが食べられるものの多くは、人間も食べることができます。

特に木の実は、人の味覚ではかなりスパイシーだったり、苦いものもありますが、今回森で見つけたヤマブドウやツノハシバミのように、人が美味しいと感じるものもたくさんあります。

ツノハシバミ
ヤマブドウ

人が森の中で食べられるものを探すとしたら、どんな行動をするでしょうか?そう考えると、森の中で食べ物を探して歩くクマの気持ちが少しイメージ出来るような気がします。

ツキノワグマ 季節のメニュー

下山した後、森で見たもの・得たものを参加者の方と共有します。

事前の植生調査を合わせて、踏査したルートと見つけたものを地図上で共有

事前の植生調査で確認した植物の情報も使いながら、季節ごとのクマの行動をシミュレーションしてみます。というのも、明瞭な四季のある日本では、季節ごとに森の様子が大きく変わります。

これはクマにとっても、食べられる植物に“旬”があるということ。

例えば、ブナやミズナラのドングリはとても重要な食べ物ですが、クマが利用できるのは、ほとんど秋だけ。つまり、森の中にドングリがいくら多くても、春や夏はその他の食べ物に頼って生きていくしかないのです。

フィールドワークで得た情報を使いながら、社有林のクマの「季節のメニュー」を考えました。今回参加者の方と一緒に決めたクマの季節のメニューは、こんな感じです。

この森に人が手を加えたら?あるいは、加えなかったら??

ヒダクマさんの社有林は、広葉樹の森だけでなく、沢や林道、スギの造林地、砂防ダムなどかなり変化に富んでいます。これは、限られたエリアでこれだけ多くの植物を確認できたことや、クマの食べ物に豊富なバリエーションがあったことと深く関係しています。

ミズナラやクリ、ホオノキが優占する広葉樹の森
ブナの木が優占する少し標高の高いエリア
カツラやクルミが優先する沢沿いのエリア
スギの造林地と作業道
砂防ダムのまわりの開けた草地

実は、人の手が加わらない森林と、人が適度に森に手を加えた森林では、後者の方が生物多様性に富んだ森林になることがわかっています。

では、現在の社有林に人が手を加えたら、あるいは加えなかったら、森はどうなるでしょうか?

例えば、もし人が関与していなければ、林道や作業道は存在しません。そうなると、林道沿いの明るい環境に多く見られたフキノトウやキイチゴ、ヤマブドウやウドの実はこの森になかったかもしれません。

もし間伐された造林地がなかったら、朽ちた切り株はこの森にあるでしょうか?アリやハチが巣をつくれる環境は、もっと減ってしまうかもしれません。

この森から春や夏の主食がなくなったら、クマは食べ物を確保するために他のところへ移動するでしょう。

そのように考えると、ツキノワグマは意外にも、人が造り出した環境に適応して生きていることがわかってきます。

自然との、自然な寄り添い方を考える機会

「森やクマのために、私たちに何ができますか?」

この手の話をしていると、必ずと言っていいほど受ける質問です。
はっきりとお応えできたことはなく、どちらかというと、それをいろんな人と一緒に考えたくて、こんな企画をしたりしています。なので、「ツアー」というより「フィールドワーク」という表現の方がしっくりきます。

実際、ヒダクマさんの社有林にはこれまで何度も足を運んでいますが、様々な背景や専門分野を持つ人と一緒に森に入る度、毎回新しい発見や議論があります。

なので、こちらが一方的に提供するのではなく、参加してくれた人と気づきや視点を交換することを大事にしています。

クマの目線で森をみるというのは、かなりマクロな視点です。その一方で、人と森、森と生き物、人と生き物、それらの因果関係がわかりやすく凝縮された切り口であるとも思っています。

人とは異なる知覚を持ち、彼らなりの行動原理を持つ生き物の世界を垣間見ることは、参加者の生き方、暮らし方を考えるヒントになるのではないでしょうか?

まずはそこから考えてみて、やがては、
「人はこれから、森にどのように関わるべきなのか?」
という大きくて普遍的なテーマにつなげていければいいと思っています。

人と自然の境界線が急激に書き換えられていくこれからの時代。森はどうあるべきなのか?人はそこに、どのように関われるのか?

森を見る目を養った後、森の食材や地の食材を囲みながらゆるく語らう。そんな経験をしてみませんか?ご参加をお待ちしています。

Writer’s profile
安江 悠真|Yuma Yasue
​​1989年 岐阜県白川町生まれ。岩手大学で林業と野生動物との関わりをテーマに農学修士を取得。現在は林業の会社に勤める傍ら、フリーランスとしての活動も開始。岐阜県の飛騨地域を拠点に、森や木に関わる仕事をあれこれと模索中。
Instagram:https://www.instagram.com/ymyse_525/
note:https://note.com/ymyse

Contact Us

私たちとプロジェクトをはじめてみませんか?

Hidakuma

飛騨の森でクマは踊る
FabCafe Hida:〒509-4235
岐阜県飛騨市古川町弐之町6-17 
飛騨古川駅から徒歩5分
TEL 0577-57-7686 FAX 0577-57-7687

森の端オフィス:〒509-4256
岐阜県飛騨市古川町高野287-1 
FabCafe Hidaから徒歩10分