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Column
非日常空間をオフィスにつくる意義とは?ーー建築家・佐野文彦さんの木の見立てと作法
Fumihiko Sano studio 代表/株式会社アナクロ 代表取締役
Introduction
はじめに
ヒダクマはソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL京都)の内装プロジェクトを通して、木の美しさの引き出し方を考えるオンライン企画を開催しました。ゲストは、本設計を担当した建築家の佐野文彦さん。数奇屋大工としての経験から得た知識や技術を軸に、アーティストとして遊び心のある数々の空間やプロダクトを生み出している佐野さんから木の見立てや作法についてお話をうかがいました。
コロナ禍でオフィスの必要性についての議論が加熱する昨今、今のオフィスに必要な要素とは?ものを見立てる佐野さんの流儀とは?当日のトークの模様をお楽しみください。
ソニーCSL京都の家具製作では、佐野さんとヒダクマはまず飛騨の土場へ足を運び、そこで紙パルプになる運命であった丸太を家具用材として目利きしました。いずれの丸太も長らく雨ざらしの状態で置かれていたことから、割れ目に雑草が生えていたり、虫が住みついていたため、製作では虫の駆除に苦労します。また丸太であるがゆえに天板の水平面を出すことも大変なことでした。一般的な素材を使った方が製作プロセスもコントロールしやすいなか、なぜあえてこの素材に取り組んだのでしょうか。
佐野:
いくつかの制約条件があるなかで、どんな机をつくったら僕に依頼して良かったと思われるアウトプットとなるか?「ソニーCSL京都って行ったことがある?」と話題に上がるような場所をどうすればつくれるか?そこをまず考えました。そして、ヒダクマには丸太がありそうだということで、探しに出かけたんです。
木材としてどうアウトプットするかを考えた時、「木材を塊としてそのまま見せる」という僕のひとつの表現方法があります。今回それが一番空間自体を印象づけられると思いました。パルプになるような丸太から別の魅力を引き出して、違う価値をつけてあげる、そのための手法とも言えます。
一般的でない木材を使用することや一般的に家具製作では用いない加工法を用いることについて、浅岡からは、実際に飛騨の森から採れる木は、曲がっていたり、細かったり、枝分かれしていること、そのような木は一般材としてはデメリットになってしまうことに触れ、こう話しました。
浅岡:
そもそも木は自然物なので、自然界では曲がっていることの方が一般的です。なぜ僕らが一般的でない方法をとるのかというと、デメリットといわれる木に価値をつける表現方法をつくることが、結果的に人間と森との新しい関わり方をつくることに繋がるのではないかと考えているからです。
丸太は西野製材所を貸し切って一つひとつカットされました。「製材所で丸太がカットされていくことで、宝石のように美しくなっていくことが印象的だった」と語る浅岡が、佐野さんに聞いてみたかったことがあります。それは、カットする時に木の表情の出方を予測できていたのかどうかでした。
浅岡:
僕はあんな木目が出たり、綺麗に生まれ変わることを全く予想できなかったんですが、佐野さんはここを切ったら、この木目が出ることをある程度わかっていたんでしょうか?
佐野:
ある程度は見えていました。ソファテーブルのウォールナットは特にイメージがあり、想像通りの形に出来上がって良かったと思います。あまり自分で挽いたことのないブナは(西野製材所の)西野さんに特徴を聞きながら挽いてもらいました。知らなかった木を知っていく、その繰り返しです。製材においては、最初からどのくらい見えているかがすごく大事だと思います。
浅岡:
やはり木のことを熟知している佐野さんと西野さんの目があったからこそ、美しい形が出来上がったと思います。
コロナ禍でリモートワークが活発になり、改めてオフィスの意義や在り方を考える人も多いのではないでしょうか。イベントでも参加者から下記のような質問をいただき、佐野さんや岩岡が答えました。
参加者からの質問:
「攻めたデザインの什器はソニーCSL京都で働く方たちにどんな影響を与えるのか。フィジカルにもメンタルにもどんな点が一番大きいと思いますか?」
佐野:
普段のデスクワークでは天板しか見ていませんが、丸太の場合、コブや節といった自然の造形があったり、下手したら虫が出てくるかもしれない。イメージしている範囲外のものが自分がいる空間のなかにある、というのが面白いと思っています。
佐野:
今は昔と違って研究者が机の上にある論文をずっと読んでいるのではなく、ラップトップにダウンロードして、自宅やカフェといったより良い環境で読んでいます。
岩岡:
そうですね。今のオフィスは、ひとり一席ずつ与えられ、毎日そこに座って仕事をしなさいという場ではなくなってきています。ソニーCSLでは、未来をを見据えながらクリエイティブに研究をされているので、常に決まった居場所を用意することは違うよね、というところからこの内装計画は始まっています。
佐野:
行く意味があるオフィスをつくりたいと考えました。自宅にこんな丸太の机はないし、ありえないものが置かれていると、今日はあの無垢の木の塊の机でやろう、と思いつきます。そのような非日常をどう空間のなかに取り込むのか、そのことによって行きたいと思わせる場所になることも、いい影響になるんじゃないかと思います。
岩岡:
丸太の机は使う角度によってゴツゴツした感触が当たったり、逆にピタッと身体にフィットしたり。その日の自分の感覚とどうシンクロさせたいのか、仕事に臨む姿勢を一日ごとにしつらえることができる場が、クリエイティブな仕事場には必要だと思います。
桃山時代と現代を往来するアーティストが創り出す空間事例
本来使うものと違う見方をして、ものづくりに導入する「見立て」を普段から実践しているという佐野さんから近作を紹介するプレゼンテーションが行われました。自然物をそのまま持ってきたような荒々しくダイナミックなオフィス空間や、静的で上品な面持ちを持った料亭、宿などから、一見対照的な事例に通貫する佐野さんのマインドや作法が浮かび上がります。
ビズリーチ(東京・渋谷)のプロジェクトで求められたのは、700平米のワンフロアに「今まで見たことのないようなオフィス」をつくること。エンジニアやプログラマーたちが自然素材のなかで、五感に刺激を受けながら働ける唯一無二のオフィスを設計しました。
岩岡:
ツバキの鉢は、まず井戸に出会い、次に鉢植えとしての見立てがないとできないことだと思います。出会っていないと使うことすらできない素材に、佐野さんはどうして出会えるのでしょうか?不思議です。
佐野:
僕は探しにいくことを日常的にやっています。職人をやっていたので今でも現場の人とよく話すんです。材木市を教えてもらって行ったり、材料を探しに行くところから一緒に行ったりします。付き合いをしているとオープンマーケットにはない、普段は出してないものを教えてくれる時もあります。もの自体はそんなに探さないとないものなのかというと、多くはそんなことはないと思います。あとは、プロジェクトのタイミングで自分がねじ込めるか、の方が大きいのではないでしょうか。
岩岡:
井戸を見つけたんで持ってきていいですか?と、どのようにねじ込む力が働くのでしょうか?
佐野:
小ぶりのいい井戸があったという記憶があり、それを鉢植えにしようと思いついたんです。クライアントもノーと言わないだろうという雰囲気がありましたから、鉢植えです、と言い持ってきています。コピー用紙を入れる棚も安っぽいものは置きたくないよねという話になり、クライアントも「大きなスギの木でできませんか?」と聞いてくれたので、長さ2m、直径1mの丸太のくり抜きで棚が出来上がりました。
一方、日本料理「ときわ」(東京・西麻布)の内装計画は数寄屋建築の技法を結集させたようなデザイン。佐野さんは数寄屋の表現について、木材としての格や質の見せ方、繊細なディテールの表現が必要とされ、そこの面白さ、ウィットに富んだ感じをどうプレゼンテーションしていくかが数寄屋だと語ります。
築80年ほどの古民家をリノベーションした宿・菱屋(京都・福知山)。できるだけ地元の材料を使い、地元の職人さんに依頼してほしいというオファーがあり、地元の和紙作家や造園屋と協働でつくられました。部屋の壁を和紙張りにしたり、藍染文化が育まれた土地であることから、土壁に藍を練り込ませ、絶妙な色合いを表現しています。
岩岡:
ガラスの積層の柱に手すりをあてたり、単に伝統的な技法だけでなく、そこに現代的な素材、今の技法をあてる試みをされてますけど、これはどういう意図なんでしょう?数寄屋建築が伝統的に積み重ねてきたものに対する佐野さんの作家性なのか、その文化自体をアップデートしたいのか、または壊したいのでしょうか?
佐野:
アップデートに近いと思います。例えば書院造りや寝殿造りは、こういうものですと確定されているんですが、数寄屋造りは確定されていないんです。桃山時代にできた数寄屋造りは、利休が丸太をつかった茶室をつくるようになり、当時カウンターカルチャーだったものがメインカルチャーに吸い込まれていきました。権威的になり、お金持ちのステータスになっていったんです。そのなかで、珍しい木材や、丸太に丸太を合わすとか、丸太に竹を合わすというように、全部かたちの違うものがそこから生えてきたようにつくらなければならない。大変手間をかけてつくりながらも、手間がかかっているように見せないという美学があります。あと、権威的なものと珍しい材料を合わせ、でもつくっているものは貧乏くさいというズレのなかで出来ていて、材料や規格が決まっていないから余白がたくさんあります。その分変なものが入り過ぎるとあれは数寄屋じゃない、遊びのセンスが悪い、くどいと言われます。数寄屋はもともとは数寄者という好みにうるさい人がつくっていったものです。
佐野:
様々なバリエーションのなかで、これは数寄屋、これは違うという暗黙知がありますが、決まっていないからその次のものを積んでいく。今も終わっていないのです。だからこそ現代でできる数寄屋のひとつのかたちってなんだろうか、もうちょっと本質的に技術や素材で遊べる表現があってもいいかな、と考えているんです。
“魚籠に花を生ける”ように。機能を満たしてこその「見立て」
改めて、佐野さんにとって「見立て」とは何か?と問うと、佐野さんは「牛乳瓶に花を生けてみる」、「櫛でパスタを食べてみる」といった例を挙げ、こう話してくれました。
佐野:
そのためにつくられたのではないけど、そのためにつくられたものが持っていない美しさ、面白さ、魅力を引き出すこと。そのものが持っている可能性を排除しないで、取り入れる、というのが見立ての目的のひとつです。見立てとして有名なのが、利休が魚の魚籠(びく)に花を生けたという話。実際は直接魚籠に水をいれた訳ではなく、竹の筒を入れて、そこに花を生けているんです。最低限の機能を満たした上で、どこまでのことが仕込めるか、それが見立てる上でも重要かなと思います。
文:石塚 理奈
あとがき
今回、ソニーCSL京都の事例や佐野さんの近作から、佐野さんの粋な遊びの感覚に触れ、その感覚がこれまでの経験やコミュニケーションから育まれたものであることも認識することができました。作品のお話から、歴史が流れていること、今とつながっていることを強く感じさせられました。
イベントの最後、佐野さんは、腐ったような草が生えている木や真っ黒い木でも、5mm削るだけで新品のように見えると言い、「木そのものの裏側に美しいものが隠れて眠っている」と語りました。佐野さんや飛騨の職人たちの力により引き出されたソニーCSL京都の丸太たちは、これからも家具として美しさを遺憾なく発揮していくことでしょう。
Editing:井上 彩(ヒダクマ編集部)
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