
ぼくらが建築家を森に呼ぶ理由。そこで彼らが考えた魔法のようなこと。
Introduction
はじめに
「お金になる木が少なくて価値がない」と言われる日本の広葉樹の森。ヒダクマでは広葉樹の森に建築家の方々をお招きして、一緒に木の活かし方を考える取り組みをはじめています。そこでは、森の多様性と建築家の創造性が相互に影響し合って、思いもよらない魔法のような素敵なアイデアが生まれます。それは、「森にしかない形を見つけて家具にすること」や「小さい木から大きな空間をつくること」、「森の時間を木の価値にすること」。今年ご招待した3組の建築家の森のツアーの様子と、そこで建築家のみなさんが考えたさわりのところをご紹介します。
Editing:ヒダクマ編集部
Editing:ヒダクマ編集部
建築家を森に。

「木を使うクリエイターに木のことを知ってもらいたい」。
ヒダクマは創業以来ずっと、建築家やデザイナーに飛騨にお越しいただいて、製材所や木工所を巡るツアーをしてきました。ですが、木が生えている森に行くことはあまりありませんでした。理由は、広葉樹の森は町からとても遠いところにあって、森へ行く道も整備されていないし、森の中も急峻で歩くのも大変なこと。また「森」と「木の使い道」は関係が遠い、と思っていたからです。
でも、「木を見て森を見ず」ではいけない。板になった木だけではなく、森に立っている木を見て一緒にその可能性を考えたい。そう思って、今年から積極的に「飛騨市の広葉樹活用モデル林」にみなさんをお招きしはじめました。
森の中にしかない形を家具にする。

どんどんと急な森の奥まで登っていくのは、浜田晶則建築設計事務所の浜田晶則さんとプロジェクトメンバーたち。
通常、木はまっすぐな部分しか使いません。曲がっていたり枝分かれしていているところは、運び出してもお金にならないため、森の中に残されてしまいます。つまり森から出てくるのは、「真っすぐな2mの木材」がほとんど。
だけど、海に切り身で泳いでいる魚がいないように、そんなものが生えている森はありません。それぞれが森の中で生きるためにユニークな形をしていて、真っすぐなところ以外も全部使えば5mにも10mにもなります。それは、土場や製材所、材木屋さんでは見れない、森の中にしかない本当の木の形。
浜田さんは、その形を活かしたダイナミックな彫刻のような大きさの家具を考えました。有機体のような複雑さのあるものを人工的に作ると費用がかさんでしまいますが、木材を3 D スキャンして三次元データに置き換えて、本来の木の形状を活かしつつ家具としての機能するデータを作成し、加工してみたらどうだろう?
浜田さんは飛騨のお隣の富山県魚津の出身。リニューアルした魚津埋没林博物館の館内のカフェなども設計しています。浜田さんにとって森の中で木を見るのは、切り身の状態のお魚から料理を考えるのではなく、頭からしっぽまでまるごと一匹使って料理する感覚なのかもしれません。
小ささは大きさを超える?

森の中で考え込んでいる矢野建築設計事務所の矢野泰司さんと矢野雄司さんのお二人は、森林率日本一を誇る高知県の出身(森林率2位が岐阜県です)。高知県の木材をふんだんに使った公共や民間の建築の木質化プロジェクトの実績もあります。
しかし、高知県の木は主にスギやヒノキの針葉樹。「太く立派に育った地元の木をどう使うか」というテーマであるのに対し、飛騨の場合は「小径木(しょうけいぼく)と言われる細く小さな木をどう活かすか」がテーマになります。ヒダクマでは種類が不揃いな小さな木を組み合わせて使うというやり方をしていますが、今回矢野さんたちが考えてくれたのは、少し違うやり方。

木の加工を工夫することで、大径木(たいけいぼく)よりも広い面をつくることができるのではないか?と考えました。例えば、木でつくる天井の大きな灯りや、巨木の断面のような壁、小さな木が集まってできた大きな塊の家具…。それは、森の中に入った時に感じた、木々に囲まれている感覚を呼び起こすような空間になるはず。
「小さい」という制約を活かし、これまでにない木の使い方や空間をつくり出すことに挑戦しようとしています。
森の時間軸を価値に変えて。

小泉設計室の小泉秀一郎さんは、飛騨市とヒダクマが共同で開催した「飛騨市・広葉樹のまちづくりツアー」に一般の方々と一緒に参加してくれました。
設計という観点でインテリアからプロダクトなどもデザインしている小泉さん。「インテリアの材料となる広葉樹のことや背景をちゃんと知りたい」とツアーに参加。
「森の中で聞いた話は、そのまま建築やデザインの表現のアイデアになりそうで、わくわくした」と小泉さん。特に、印象に残ったのは、広葉樹の森づくりに挑戦する飛騨市森林組合の新田さんの話で感じた「森の仕事の時間軸」についてだそうです。

「建築家は、自分の手掛けた建築が完成した瞬間にどれだけ話題になるか、もっと言えば、メディアに取り上げられて注目されるか等を気にしてしまいます。でも、森の仕事はそうではない。そんな個人の欲を超えて50~100年の長い時間軸で考えていることに、とても感動しました」。
建築家の時間、森の時間。それぞれの時間の価値とその評価や対価としてのお金とは何か。
小泉さんとは、広葉樹の森の木の価値や可能性をより多くの人に知って使ってもらうための仕組みとものを一緒に考えています。
森の中で一緒に生みだすもの。

建築家のみなさんが、森の中で木を見ると、図面や建材カタログにある木を見ているだけでは生まれなかった思考と対話が生まれ、アイデアとイメージが溢れ出します。
その体験の中で、わたしたちも「森の価値は、人と森との関係性の中にあって、木を使う建築家やデザイナーとの関係をたくさんつくることが、豊かな森や木の価値をつくる」という想いを強くすることができました。
同じ森でも、訪れる季節、天気、音やにおい、一緒に行く人やそこで交わされる会話すべてが違う一期一会の機会。その時々に、新しい気づきやアイデアが生まれます。
だから、もっとたくさんの建築家やデザイナーの方々を森にお招きしたいし、一度来られた方にも何度でも森に来てもらいたいと思っています。
今年の飛騨の森はまもなく雪に閉ざされようとしていますが、また来年2020年の春、みなさんのお越しをお待ちしています。



